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翻訳の現場から


2015.03.31

風間先生の翻訳コラム

コラム第4回:何と訳すか

何と訳すか

 字幕というのはおせっかいなところがある。ある言葉が難しいと翻訳者が判断したら、それを噛み砕いて文章で説明したり、別の言葉で言い換えたりする。和田誠の著書「お楽しみはこれからだ」に出てくる映画「旅情」の話は有名だ。「お腹が減っている時にスパゲティを出されたら、ステーキが食べたくてもスパゲティを食べなさい」というセリフがそう。ベニスを舞台に中年カップルの恋を描くこの作品、女主人公は、相手が理想の男性でないため、恋に落ちることをためらっている。すると相手の男性が上のセリフを言うのだ。君はもっと若くて金持ちの男を求めているのだろうが、目の前にいるのは僕なんだ。だから僕とつきあおうと言っているわけ。味のあるセリフですね。

 そして問題なのがスパゲティの部分。実はここ、原文はラビオリなのだ。「旅情」が公開された1955年当時、一般の日本人が知るイタリア料理は限られていた。ラビオリでは分からないと判断し、あえてスパゲティに変えたのだ。これが本の翻訳だったらラビオリと訳して、そこにアスタリスクを付けて、文末に訳注を付けるという手もあるだろう。でも字幕はそれができないのです。

 逆に、そのまま残したケースを自分の訳で挙げてみよう。2001年の香港映画「少林サッカー」から。この中に「蹴りは腰と脚 すなわち腰馬合一」というセリフがある。続けて、これはブルース・リーの言葉だと説明されるのだが、調べてみるとリー主演の「ドラゴンへの道」のセリフだと分かった――ネット社会のありがたさ、苦労することなく調べがつくのだ。「腰」とはもちろん腰のこと。「馬」とは馬歩(ばほ/まほ)のことで、両足を開いて腰を落とすカンフーの基本の構えのひとつ。技を繰り出すのに大事なのは腰と基本の構え、ひいては体全身を使うのが大事だという極意の意味なのだ。

 これを踏まえて全体を見直すと、「少林サッカー」にはブルース・リー臭が濃厚だと気づく。キーパーの男は途中から「死亡遊戯」でおなじみの黄色いトラックスーツを着て、表情やポーズもリーそのもの。例の怪鳥音も発する。退場する時にかけるサングラスも、リーがオフでよくかけていたサングラスにそっくり。この辺りは僕の世代なら誰でも気づくだろう。

 さらに調べると監督のチャウ・シンチーはリーの大ファンで、香港のファンクラブの会長を務めていると分かった。どうやら単なるギャグではなく、彼は本気でリーを愛しているのだ。「腰馬合一」はネットですぐ調べがついたことから、ファンの間では有名なセリフと考えられる。ここはぜひ残したい。

 もうひとつ、当時のチャウ・シンチーの状況というものがあった。「少林サッカー」、その後の「カンフー・ハッスル」などで今でこそ一般の認知度が高くなったチャウ・シンチーだが、「少林サッカー」以前は、香港映画の喜劇王としてコアなファンを獲得していたものの、笑いのセンスは独特のアクがあり、一般的な人気はなかったと思う。ということは、この作品の視聴者はコアなファンだと想定してよさそうだ。ならば、いよいよ「腰馬合一」は残したい。

 このような経緯から「腰馬合一」はそのまま使った。今考えると、クライアントの担当者もよく残すと判断してくれたと思う。やはり「腰馬合一」では、視聴者は分かりませんよと言われても仕方のないところだ。また、チャウ・シンチーの知名度が上がった現在なら「腰馬合一」は自主規制して、「蹴りは腰と脚 全身を使うのが極意」などと当たり障りのない訳を作っていたかもしれない。

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