息を殺して
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
今年の夏、全米で大ヒット(興行成績2週連続1位)したホラーがやって来る。「ドント・ブリーズ」だ。主人公の若者3人は空き巣。ある盲目の老人が大金を持っているという話を聞き、これは楽勝だと乗り込んだところ、実はこの盲人が異常に強かった――もう、この設定を聞いただけで面白い。映画ファンなら「暗くなるまで待って」を想起しますね。あれは盲目の女性が被害者となり、3人組(!)の悪党と戦う話だったけれど、その設定をまったく逆にしたわけだ。しかも「ドント・ブリーズ」はホラーと言っても血は最小限しか出ない。スプラッターではないし、盲目の老人は怪物でも悪魔が憑いているわけでもない。それでいて、おぞましい部分もちゃんとあるのです。
いくら老人が凶悪でも、主人公たちは空き巣。自業自得だ、感情移入できないと思う方、ごもっとも。でも物語の舞台はデトロイト。かつてはアメリカを代表する工業都市、自動車の街として有名だった。それが自動車産業の衰退で住人が去り、街は荒廃している。主人公たちも街を出る資金稼ぎに空き巣を働いている。同情する余地があるのだ。
他にも感情移入できる理由は描かれているが、その辺は映画を見ていただくとして、今回はアメリカの法律について少し書いてみたい。主人公の1人は、万が一捕まっても刑が軽くなるように、盗品の総額が一定額を超えないという規則を設けている。これは窃盗罪=larcenyの内容と関係がある。アメリカでは州によって規定が違うが、盗んだ物の価値の額の大小で罪の軽重が変わるのだ。ミシガン州の場合だと1000ドル未満だと軽窃盗、1000ドルを超えると重窃盗となる。さらに2万ドル以上だと10年以下の懲役(または罰金)となる。日本の場合だと、裁判官への心証は別として、額の違いで刑罰の軽重が変わることはないのではなかったか。
それから、彼らは他人の家に侵入しているのだから、捕まれば"住居侵入罪"あたりが成立するはず。これも例によって州で規定が違うのだが、アメリカではburglaryと呼ぶ。この訳語が問題だ。ランダムハウスや英辞郎では「住宅侵入窃盗」「押し込み(強盗)」と記してあるが、ここは「夜盗罪」という言葉を使いたい。「知っておきたいアメリカの法律」(絶版)によると、夜盗罪は窃盗、盗みに限定していないからだ。犯罪目的で他人の家に入り、そこから立ち去らない一切の行為を含む。だから暴行目的で侵入しても夜盗罪が成立する。犯罪の意図がなく他人の家や敷地に侵入した場合は侵入罪(criminal trespass)となる。
夜盗罪の軽重は押し入った場所や時間によって変わる。事務所より個人住居の方が重いし、昼間より夜間の方が重い――夜盗罪の元となったburglarとは夜盗=夜間に盗みを働く者のこと。普通の泥棒はthiefとなる。盗む際に暴力や脅迫を用いればrobber=強盗だ。当然、夜盗罪は暴力を用いると罪が重くなる。武器を持っていても同様だ。
そしてもうひとつ。武器を持っていれば、侵入された側は、犯人を殺しても正当防衛が成立する可能性があるということになる…… はたして主人公3人はどんな装備で盗みに入ったのか。そして老人の反応は――続きは映画館でどうぞ。