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翻訳の現場から


2022.08.23

風間先生の翻訳コラム

コラム第92回:サンタマリア

サンタマリア

 ビートルズの代表曲のひとつ“レット・イット・ビー”は誰が最初に歌ったのか?当然ビートルズ、というかポール・マッカートニーだと思うだろう。しかしレコードとして正式に発表された作品で歌ったのはアレサ・フランクリンが最初である。アレサが1970年1月16日にリリースしたアルバム「ジス・ガールズ・イン・ラヴ・ウィズ・ユー」に“レット・イット・ビー”が収録されている。一方のビートルズがシングルとして同曲を発表したのは、一番早いイギリスが1970年3月6日である。
 1969年1月のいわゆるゲット・バック・セッションで録音が行われたこの曲は解散間際のゴタゴタもあってかすぐに発表されることはなく、その後アレサ・フランクリンに提供された。ただ、ビートルズ側は、アレサがなかなか同曲を発表しないために焦れていたらしい。
 このエピソードは映画「リスペクト」でも描かれている。プロデューサーのジェリー・ウェクスラーが「君がやらないなら自分たちでやるからとビートルズは言っている」と言う場面だ。セリフに曲名は出ないが“レット・イット・ビー”のことだ。それに対してアレサは「カトリックの曲よ/私はバプティスト」と答える。
 アレサの伝記「リスペクト」のウェクスラーの証言によれば、アレサが同曲を初めてリハーサルしたのは1969年の10月。しかし彼女は曲があまり気に入ってなかったらしい。以下、同書から抜粋する。「(アレサは)曲の宗教観が自分のバプティストの信仰にそぐわないかもしれないと不安に思った。「マザー・メアリー」の言葉はちょっとカトリック的なんじゃないかと」。
 なぜアレサはカトリックの曲と思ったのか。それは歌詞にMother Maryという言葉が出てくるからだ。歌詞はこう始まる――僕が悩み苦しんでいるとマザー・メアリーが現れて賢明な言葉をかけてくれる――英語圏の人間がマザー・メアリー/Mother Maryと聞いたら、まず思い浮かべるのは「聖母マリア」だろう。しかしこの曲に関しては母メアリー、つまり作曲者であるポールが14歳の時に他界したメアリー・マッカートニーのことだと言われている。実際、これは聖母マリアと母親メアリーのダブル・ミーニングなのだろう。ポール自身、どちらに解釈しても構わないと発言している。
 しかしダブル・ミーニングというのは“レット・イット・ビー”が名曲として知られ、トリビアとして母メアリーのことだという情報が周知された後のこと。未発表の新曲として提供されたアレサがMother Maryという歌詞を読んだら「聖母マリア」としか解釈しない。だからカトリックの曲だと思うのが自然だ。彼女はバプティストの牧師の娘である。バプティストはプロテスタントの一教派、カトリックとは相容れない。彼女が渋るのも納得だ…
 だがなぜ「聖母マリア」が出てくるとカトリックの曲と思うのか。それはカトリックや正教会に聖母信仰*があるからだ。それに対してプロテスタントに聖母信仰はない、というかマリアを特別視しないのだ。だから多分に信仰的な文脈で「聖母マリア」が出てくる歌詞を読んだら、そしてそれがゴスペル調のメロディに乗っていたら、プロテスタントのアレサならカトリック寄りの曲と思うわけだ。
 ちなみにポールの母親メアリーはカトリックで、ポールと弟はカトリックとして洗礼を受けている。家庭内で宗教が重きを置いていたことはなかったそうだが、ポール自身にカトリックとしての意識が皆無ということはないだろう。ちなみにポールはアイルランド系。アイルランドの一般的な宗教はカトリックである。

*本稿で言う「聖母信仰」とは聖母マリアを敬うという一般的な意味だと思っていただきたい。言葉や意味については各教派でいろいろであり、厳密には「信仰」「崇拝」「崇敬」などの言葉を内容に合わせて使い分けなければいけないようだが、ここでは一般的に聖母マリアを敬うか、特別視しないかという意味で書いている。

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