お暇ならタイダイ
コロナの流行が始まって既に4年目に入ったが、映画でもコロナやコロナ下の生活に言及するセリフがちらほら。先日やった作品でも「仕事はZoomが中心だ」というセリフがあった。別の作品では「家で絞り染めをやった」というセリフが出てきた。もちろん家で何をやろうと勝手なのだが、少し引っかかる。例によって調べてみると、これもコロナを象徴するセリフなのです。
その前に絞り染めについて説明しておこう。これはTシャツや布の一部をひもで縛って染料に浸す染め方のこと。縛られた部分は染料がつかないか、薄くしか染まらないので不規則な模様ができる。非常に素朴で原始的な染め方で、歴史的に見ても日本はもちろん世界中で行われている技法だ。幼稚園や小学校などで経験した方もいると思う。実際のモノを見れば「あれか」とすぐ分かります!
ファッション界ではタイダイと言う(以下、本編では「タイダイ」を使う)。タイダイというと、ある世代はピンと来るはず。実は1960年代末から70年代にかけてのヒッピー・ムーブメントで大流行したのだ。彼らはこぞってタイダイのTシャツを着た。ヒッピーと言えばタイダイを連想するくらいの定番スタイルである。特に有名になったのは1969年に行われた伝説のロックフェスティバル、ウッドストックだ。映画「ウッドストック」を見ると、観客はもちろんだが、出演者ではジャニス・ジョプリン、ジョー・コッカー、ジョン・セバスチャンなどがタイダイを着ているのが確認できる。実際、ウッドストックを契機にタイダイは全世界で流行し始めたらしい。
さて、コロナとタイダイに話を戻すと、上記のセリフのようにコロナのロックダウン中、アメリカでは実際に自宅でタイダイをやったという人が多かったらしい。染料と布を絞る紐とバケツに水さえあれば誰でも簡単にできる。しかも安価だ。家で余った時間を過ごすのに、パン作りやガーデニングと並んでタイダイをやる人が多かったのだそうだ。
これと関係があるかは分からないが、ファッション界でも2020年からタイダイが流行している。日本では昨年夏ぐらいからだろうか。ファッションとしてのタイダイは何度かリバイバルを繰り返しているらしい。ただ、最初の流行がヒッピーと強く結びついていたことから、タイダイというとラブ&ピース、自由で開放的というイメージがついて回る。だから2020年からのタイダイ・リバイバルは、コロナとそれに伴うロックダウンという閉塞感の中で、自由と開放を求めた人々の心境に合致したのではないかという解説をいくつか目にした。
とはいえ、タイダイ流行の起源であるヒッピーは60年代末のカウンターカルチャーの担い手であった。タイダイも既存服、ひいては体制や主流文化への対抗として登場したことを考えると、それが現在のファッションのメインストリームに取り込まれているというのは、考えてみたら皮肉な話である。
さらに皮肉なのは、最初のタイダイ流行には仕掛け人がいたということだ。それはリット社というアメリカの染料メーカー。個人向けの粉末染料を販売する会社として1916年に創業されたが、第二次大戦後の大量生産・大量消費時代になると苦戦を強いられていた。そんな同社は1960年代半ばにニューヨークのグリニッジヴィレッジに集まるヒッピーたちに注目。DIYを旨とする彼らに使いやすいよう液状染料にしてチューブ入りで発売。これが当たり、ヴィレッジではタイダイが大流行した。これに気をよくした同社はアーティストたちにタイダイのTシャツ制作を依頼し、ウッドストック・フェスティバルで販売すると共に、同社の染料も会場で売った。そしてウッドストックを契機にタイダイが全世界で流行することになるのだ。
もちろん、仕掛けてもそれが流行するとは限らない。タイダイの手作り感が反体制を掲げるヒッピーたちの琴線に触れたのは間違いないだろう。とすれば2020年からのタイダイ・リバイバルにもコロナに対抗する自由・開放の気分がまったく無関係だとは言い切れないのかもしれない。