アグネス=アン

『ハムネット』
4月10日(金)TOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開
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配給:パルコ ユニバーサル映画
今回は前回の続きを書くつもりだったが、先日の第98回アカデミー賞で「ハムネット」の主演ジェシー・バックリーが主演女優賞を受賞した。日本での公開も近いので、今回は急遽予定を変えます。ウォークの続きは次回とさせてください。
さて、「ハムネット」はシェイクスピアの有名な悲劇「ハムレット」誕生の秘密を、シェイクスピアとその妻の物語を通して描いていく。マギー・オファレルの同名小説を映画化した作品で、オファレルは本作の監督、クロエ・ジャオと共同で脚本も執筆している。
シェイクスピアは1564年に生まれて1616年に亡くなった。当時は様々な記録がきちんと残っていなかったり曖昧だったりする。そこでオファレルは現在知られている事実,最新の研究などに基づき、空白を想像力で埋めることでフィクションとしての原作を書き上げた。
ジェシー・バックリーが演じたのはシェイクスピアの妻、アグネス。英文学に詳しい人なら、シェイクスピアの妻はアンではないかと思うだろう。これについてはオファレルが原作の後書きで、彼女の父親の遺書には“アグネス”と記載されているので、これに倣ったと書いている。この辺りを原作はうまく処理していて、最初に“アン”と聞き間違われ、本人がAgnesだと訂正するのだが、gがはっきり発音されずAnn-yisに近くなるといった説明がある。映画でもアニェスかアニスに近い感じで発音されていた。
本作を見る前に知っておきたいのはアグネス=アン・ハサウェイのことだ。これも英文学に親しんでいる人なら周知のことだが、知っておくと楽しいはず。あえてアン・ハサウェイと書くが、彼女は悪妻として有名だ。2人が結婚した時、アンは26歳、シェイクスピアは18歳。しかも今で言うデキ婚である。だからアンが結婚目的で若いシェイクスピアをたぶらかしたのではないかと言われていた。シェイクスピアの実家は地元の名士で裕福だったのだ。さらにアンの26歳という結婚年齢は、当時としては遅い方であり、逆にシェイクスピアの18歳は早い方である。この辺りも結婚目当てと言われる所以だ。
さらに、後にシェイクスピアは役者、戯曲作家としてロンドンで活躍するのだが、アンは故郷を離れることはなかった。この別居を理由に、シェイクスピアはアンを嫌っていたのではないかという推測がされている。シェイクスピアがロンドンに進出しただろうと思われているのは1592年。そして故郷へ引退したと見られているのが1613年である。実に21年間も別居生活をしていたことになる。
ただし以上はすべて推測である。当時はデキ婚が当たり前にあったという説もあるし、2人が不仲だったという記録や書簡は一切見つかっていない。現在ではハサウェイ家にもかなりの資産があり、財産目当てのはずはないという説もある。本作でどのような女性として描かれているかはご自分の目でお確かめください。
ちなみにアンと同名のアメリカ人女優がいる。これは本名で、彼女の母親は舞台俳優。名前の由来はシェイクスピアの妻、アン・ハサウェイからだそう。
最後にネタバレではないが、本編に関わる話をひとつ。白紙で臨みたい方は鑑賞後にどうぞ。
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ネット上の紹介記事にも記載があるのであえて書くが、一家に襲いかかる悲劇の原因はペストだ。それをほのめかす場面がある。ある家から鳥の仮面を被ったような男たちが出てくるのがそう。当時、ペストは悪い空気が感染源と信じられていた。そこでペスト医師という専門の医者が存在した。彼らは全身をガウンとつば広の帽子で覆い、鳥のくちばしのような特徴的な仮面を顔にしている。くちばし状の部分には香草を詰め、悪い空気から身を守った。だからこの鳥人間のような者が出てきたら、ペストが発生していると思っていいのだ。












