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翻訳の現場から


2021.08.28

風間先生の翻訳コラム

コラム第81回:白人が黒人をうらやむ時

白人が黒人をうらやむ時


『オールド』
絶賛公開中
©2021 Universal Studios. All Rights Reserved.

 公開中の「オールド」はM・ナイト・シャマラン監督の最新作。原作はフランスのコミックだが、それを元にシャマランが書き下ろしたオリジナル脚本の作品だ。とある美しいビーチに来た複数の家族。しかしそのビーチは異常な速さで時間が過ぎていく恐ろしい場所だった。彼らを待ち受ける謎と恐怖を描いたスリラー/ミステリー作品である。
 このようなジャンルの映画だから、うかつなことを書くとネタバレになってしまう。だから今回は本筋とまったく関係ない話を書く……って、いつもそうですがね。とはいえ、多少は物語の内容に触れるが、あくまで予告や作品紹介の範囲ですのでご承知おきを。
 次々に起きる異変から、ビーチでは時間が過ぎるスピードが速いと気づく家族たち。ただ、成長過程の子供は変化が大きいので分かりやすいが、大人は成長が止まっているので変化が分かりにくいのだ。ある一家の妻がふと、夫にシワが増えたことに気づく。それを受けて、ビーチにいた黒人の1人がこう言う。「黒人はシワが少ない」しかし原文は少し違う。You know it’s the first time they wished they were Black――そのまま訳せば「白人が黒人をうらやむのは初めてだろ」となる。なぜシワの話からこんな発言をするのか?
 欧米では一般的に、白人は有色人種と比べると、年を取った時にシワが多くなる傾向にあると考えられているのだ。だから等しく老化に向かっても、黒人の自分よりあんたら白人の方がシワが目立ってくる。我々がうらやましいだろ、ということなのだ。
 さらに注目すべきは「初めて」という部分だ。日頃差別を受けている黒人を、白人がうらやむ状況というのはまずない。しかし、このビーチで“初めて”黒人をうらやましい状況になっただろ、という痛烈な皮肉を言っているのだ。
 ここからは字幕の解説(言い訳とも言う!)になるが、“白人は有色人種よりシワが多くなりがち”というある種の常識が日本にもあるなら「黒人がうらやましいだろ」とか、現訳の文字数内で「黒人でよかったぜ」といった字幕もありだったろう。それでも“初めて”のニュアンスは文字数がないので出せない。まして、上述の常識が日本にない以上、「黒人は(白人に比べて)シワが少ない」と常識を説明することだけで満足するしかない。毎度のことですが、ここらが字幕のつらいところだ。
 そして「白人が黒人をうらやむのは初めてだろ」というセリフを書いたシャマランは、頭のどこかで近年話題になっている“ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大切だ)運動”のことがよぎったのではと、妄想をたくましくしないわけにはいかない。実を言うと、さらにそれを思わせるセリフがあったのだが、ファイナル版でカットされてしまった。どんな内容か説明すると内容に触れてしまう。もう少し時間が経った後で「コラム大掃除」のような回を設け、そこで披露したい。思わせぶりでスミマセンが、しばしお待ちを。
 スリラーに出てくるほんの一言の裏に、もしかしたら影響を与えたかもしれない、そう考えるとBLM運動の意義の大きさを改めて認識する――とまあ書いてきましたが、あくまでこれは僕の妄想。本当のところはシャマラン監督に訊いてみないと分かりませんね。

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