民間人契約者
学生の頃、アメリカのテレビのミニシリーズがブームになった。「ルーツ」を皮切りに「リッチマン・プアマン」「権力と陰謀」などが人気を博した。その中に「ホロコースト」という作品があった。題名からも分かるとおり、第二次大戦のユダヤ人虐殺をテーマにした物語だ。主人公の一人、エリックという男はナチに入党し、言葉を巧みに扱うことで出世していく。彼は「最終的解決」を予定どおりに推し進めるため、適切な言葉を考え出す才能に長けていたのだ。「最終的解決」という言葉自体が、ユダヤ人問題の最終的解決→大量虐殺を巧みに言い換えたものだ。エリックはこれを進めるため、次のように言う「アウシュビッツに"再定住"していただきます」と。
初見では、たかが言葉の言い換えがそんなに重要なのか今ひとつピンと来なくて、逆にそのことがずっと記憶に残っていた。今ならよく分かる。「再定住」と言えばユダヤ人も悪いことを想像しない――というよりしたくないから再定住という言葉の響きにすがるのかもしれない。口にするドイツ人側も罪悪感が薄れる。公の場で口にしても差し支えない。言葉が真実を見えにくくする。言葉が罪の意識に覆いをかけてしまう。
先日手がけた作品に民間軍事会社が出て来た。民間軍事会社とは戦闘や要人警護などの軍事的サービスを行う会社。要は傭兵の会社版と思えばいい。歴史は古いが、911以降、アフガニスタンやイラクで頻繁に名前を聞くようになった。ブラックウォーター社などは耳にしたことがあるはずだ。背景には、現在の戦争が大規模紛争から内戦、ゲリラ、テロに移り、大型の正規軍では扱いにくいという状況もある。だが戦争までも民営化かと思わずにはいられない。
それはさておき、今回は言葉の話である。取り上げるのはcivilian contractorという言葉だ。これは民間軍事会社の人間を指す。通常はコントラクターと言う。契約人という意味だ。民間軍事会社は軍隊ではないから、そこで働く人間も兵士ではない。だからコントラクターと称するのだ。さらに兵隊ではない、民間人だと強調するかのようにシビリアン・コントラクター=民間人契約者と二重の覆いをかけるのである。傭兵がはぐれ者、裏社会をイメージするのに対し、コントラクターというと正規の仕事、普通の人間という印象を与える。さらにシビリアンという言葉を加えて、あたかも民間人です、戦闘などしませんと念押しをしている感じだ。しかし、この民間人であるコントラクターが、イラク戦争で同じ民間人を殺したのはニュースにもなったはずだ。呼称を変えてもやることは変わらない。
オcontractorの訳語は難しい。傭兵と同じだと言ったが、厳密に彼らの仕事を考えれば、兵隊でも傭兵でも警備員でもないグレーな存在であるのは間違いない。といって民間会社の人間だから「社員」「職員」というのは現実と違う気がする(もっともネット上では「社員」という言葉も目にするのだが)。文脈によっては「戦闘要員」などもありかもしれない。だが、一番よく目にする言葉、そして彼らの現状を表しているという意味で「コントラクター」を選びたい――それが真実にオブラートを被せているという面も踏まえたうえで。でも「ブラックウォーター社のコントラクター」なんてセリフは長くて扱いにくい。どうか字幕で出て来ませんように。