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翻訳の現場から


2017.02.07

風間先生の翻訳コラム

コラム第26回:本日の会議のアジェンダ

本日の会議のアジェンダ

 前回のコラムでエビデンスという言葉を使ったが、実はこの言葉が気に食わない。意味は分かるんです――evidence/証拠ということ。映画では刑事ものやサスペンスなど警察が登場する話は多い。いきおい、evidenceだのMO(手口)といった単語は馴染みになる。でも「支払ったかどうかが分かるエビデンスをご提出ください」などと言われると首をかしげたくなる。近年は経理関係や保険の支払いなど金銭絡みの現場でよく使われるらしい。だけど、これって「支払ったかどうかを証明できるものをご提出ください」でいいんじゃないですか。なぜエビデンスと言わなければいけないんだろう。
 そういえば前回のコラムを書いた後に知人に聞いたのだが、その人が損保会社にいた時、領収書を書き損じた時のために“VOID”というシャチハタがあったそうだ。何だ、あの話題は損保関係の人には当たり前だったわけですね。それはともかく、これだって“無効”でいい気がする。
 同様に僕が嫌いなカタカナ語に「アジェンダ」というのがある。英語のagendaはラテン語由来で、そもそもは「やるべきこと」という意味。そこから議事の日程、会議の議題、一般的な予定という意味になる。よく「今日の会議のアジェンダは…」などとのたまう人がおられるが「議題」と言えば済む話ではないか。
 ただ、僕がアジェンダを嫌うのは他の意味もあって混乱するからだ。国際的な会議などでは検討課題、行動計画の意味でも使われる。特に政府、官公庁などが使う場合は「行動計画」を指すことが多い。
 さらに困ったことに政治の世界では、かつて某政党がアジェンダと言い出したことがあるのだ。これはマニフェストと同義で使っているらしい(とりあえず「マニフェスト」の是非は置いておこう)。つまり「選挙公約」「政策課題」という意味だ。ただし、マニフェストが空約束に終わることが多いのに対し、その某党では「政権奪取の暁には〇〇をやることが既に決まっている」という強い思いを込めているということだ。つまりマニフェストよりも上位の概念だということ。といっても所詮は拘束力があるわけではないし、単なる言葉遊びにすぎない――以上のような説明がネット上にあった。
 まあ、アジェンダもマニフェストも僕に言わせれば選挙公約で十分。大体、マニフェストといったら僕の中ではロキシー・ミュージックなのだ!
 翻訳に関わっていると、よく横文字に詳しい、横文字大好きと思われるのだが、僕個人はそうではない。むしろ何でカタカナにするかなと思うことが多いのだ。もちろん、厳密に日本語に置き換えられない言葉というものがあるのは理解している。ニュアンス、言葉の与える印象がどこか違うというものは実際にある。でも、すぐにカタカナ語に飛びつくというのはいかがなものだろうか。
 なんて偉そうなことを書いてきたが、実はカタカナ語は長いから嫌いなんです。なぜって、僕は字幕翻訳家ですよ。アジェンダより議題、ボイドより無効の方が文字数が少ないですからね。

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