教授を囲む素晴らしき女性たち
3月21日発売 4,743円(税別)
発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
昨年の「ワンダーウーマン」のヒットは記憶に新しいところだろう。そのスピンオフではないのだが、関連する作品が発表されている。残念ながら日本では未公開だったが、このたびDVDが発表される。「ワンダー・ウーマンとマーストン教授の秘密」だ。マーストン教授というのはオリジナルのコミックの原作者――絵ではなくストーリーの方である。彼は元ハーバードの心理学の教授で、ウソ発見器の開発にも携わった。そんな男がコミックの原作者とは意外だが、もっと意外なのは彼が妻と愛人の3人で奇妙な結婚生活を営んでいたということだ。浮気ではなく一夫多妻、三人婚である。
映画は事実に基づきながら、3人の人生とワンダーウーマン誕生の秘話を描いている。原題はProfessor Marston and the Wonder Women。ウーマンが複数形なのに注目してほしい。ワンダーウーマンを示唆しながら、妻と愛人のことを指すダブルミーニングになっている。最初に原題を見た時は複数形を見過ごしていて、気づいた時にタイトルの真の意味に納得したものだ。日本語は単数/複数という概念がない、というか意識しないので見落としがちである。
少し内容を聞いただけでもスキャンダラスな話だと思うだろうが、3人はただの“翔んだ”夫婦ではない。教授と妻は男女同権運動を支持していた。物語が始まるのは1928年。第二次大戦の前である。結婚生活だけでなく思想的にも進んでいた人たちなのだ。しかも愛人の女性は、フェミニストの活動家として有名だったエセル・バーンの娘。さらに彼女の伯母(エセルの姉)は産児制限活動家のマーガレット・サンガーなのだ。
ということで、本編中にもフェミニストを意識させるセリフが出てくる。戦争と平和について話す場面で、心理学者たる教授はこう語る。「平和へ至る道は経済や政治ではない。人の心の問題が鍵だ」。相手が、人の気持ちの研究だけで戦争はなくならないと反論すると、教授は「男の知性は限られている。だから女が必要なんだ」と答える。
出来上がったセリフを流すとなるほどで済んでしまうのだが、実は原文を子細に見ると少し引っかかる。「人の心」「人の気持ち」という部分はそれぞれmen’s heart、men’s feelingと言っている。そして「男の知性」の部分もmen’s mindsと言っているのだ。
ご存じだろうが、辞書ではmanに男性という意味の他に人間という意味も載せてある。最後のmen’s mindは「だから女が必要」と続くことから明らかに「男性」の意味だ。しかし、men’s heartとmen’s feelingはどちらだろう。この時代の戦争を起こす指導者はすべて男性だ。だから「男の心」「男の気持ち」と読めないこともない。だが文脈から考えれば、ここはもっと広い意味の「人間」の方が自然だ。しかし最後の「男の知性」と素直に続かない感じがする…
実は、完成訳のように初めの2つは「人間」と訳すのが正解なのだ。上で辞書にも載っていると書いたが、当時(今も意識としてそうだろうが)の男性中心の世界では人間=man/menだった。だから教授は人間の意味で普通にmenを使った後で、menと言えば男だから「男だけでなく女の協力も必要だ」と半分冗談で付け加えたのだ。ジェンダー問題に理解のある教授ならではのセリフだ。ただmen=人間/男という変換は、解説はできるが訳に反映できない。ここは本来の意味を訳出するだけで満足するしかなかった。
というわけで、派手なアクションがあるわけでもないし、有名なスター俳優が出演しているわけでもない作品ではあるが、たまには人間ドラマに浸ってみてはいかがだろう。男と女の関係はかくも深い!