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翻訳の現場から


2021.04.14

風間先生の翻訳コラム

コラム第76回:You see, but you do not observe.

You see, but you do not observe.

 今回は英語とは関係ない話ですがおつきあいを.もう旧聞に属してしまうが,2021年3月21日付けの朝日新聞で『横書きの公用文「コンマ」が「テン」に?』という記事が目に入った.国の省庁などがつくる横書きの公用文について,読点にコンマを使うルールを約70年ぶりに改め,テンとする――文化審議会国語分科会がそんな提案を打ち出したというのだ.記事によれば,見直す元となったのは1952年にできた「公用文作成の要領」.なぜコンマを使うことにしたのか理由はさだかではないが,戦前から終戦直後まで公用文は縦書きだったものが,作業効率の良さなどから横書きを導入することとなり,多くの人には新しい書き方だったので,英語などの句読点の表記にならったのではないかと関係者は見ているそうだ.
 公用文など目にすることも書く機会もないし,自分には関係ないことだと読み飛ばそうとした時,今までは教科書でも横書きにはコンマを使っていたとあるではないか.さらに学術論文では読点にコンマ,句点にピリオドを使うケースもあると書いてある.そんなバカなと思い教科書を確認しようとしたが,あいにく自分の使った物も子供たちの物もとうに処分して手元にない.その時,知人で一念発起して大学院に入り直し,社会科学の博士を目指している者がいたのを思い出し,早速メールで訊いてみた.
 その知人によれば,社会科学の論文をコンマとピリオドで書く人は結構いるそうで,恐らく理系も多いらしい.それに対して歴史や文学の論文は縦書き/句読点が多いそうだ.なぜ社会科学や理系はコンマとピリオドを使うかというと,引用等で欧文が入ることが多いからだ.例えば本の著者・題名・発刊年の間はピリオドで区切るから,日本語の句読点と混在してしまう.それを避けるためではないかと言っていた.
 欧文と言われて,そういえば辞書はどうだろうと,まずCD-ROM版のランダムハウスと本のリーダーズ,プログレッシヴを確認する.単語の説明と短い例文訳しか載せていない――つまり完全な文章が載っていないので何とも言えないが,少なくとも句読点はまったく使っていない.そこで単語の意味よりも言葉の解説を中心とした専門辞書ならきちんとした文章が載っていると思い,家の本棚を漁ってみた.コンマと句点を使っていたのは「ミステリーを英語で読むための辞典」「英米制度・習慣事典」の2冊.「アメリカ法律用語辞典」「英語図詳大辞典」「ニューヨーク情報辞典」「アフリカン・アメリカンスラング辞典」「英国を知る辞典」「スーパートリビア事典」はコンマとピリオドだった.ちなみにこの6冊のうちの後者4冊はすべて研究社の発行だ.それと字幕を勉強中の皆さんは書名にご注目.その本の内容によって「辞典」と「事典」をちゃんと使い分けています!
 意外だったのが「NHK編 新用字用語辞典」だ.字幕業界御用達の「朝日新聞の用語の手引き」と並んで漢字の確認に使う本である.「朝日」が縦書きなのに対して,こちらは横書きだ.もしやと思って確認してみると,冒頭の表記の解説部分の文章はすべてコンマと句点で書かれていた.
 はい,以上です! 今回は特に話は広がりません.ただ,こうやって確認してみるまでコンマとピリオドが使われているとは夢にも思いませんでした.僕は今まですべて句読点として読んでいたわけだ.「ボヘミアの醜聞」のホームズの言葉ではないが「見るのと観察するのとでは大ちがいなんだ」と思い知らされた一件でした.
 というわけで今回の原稿は句読点でなくコンマとピリオドで書いてあります.皆さん気づくことはできました?

追記:NHKの「新用字用語事典」は現在「NHK漢字表記事典」と書名が変わっているが,同様にコンマと句点が使われている.

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