何という恩寵
2021年5月28日(金)Bunkamuraル・シネマ他全国公開
ギャガ配給
2018©Amazing Grace Movie LLC
「アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン」はクイーン・オブ・ソウル、アレサ・フランクリンが1972年1月に行った伝説のゴスペル・コンサートの記録映像だ。音の方は既に「チャーチ・コンサート」として発売され大ベストセラーとなり、近年はCDで完全版も出た。元々は教会でゴスペル曲を歌ってそれをレコーディングし、同時にそれを撮影して映画にする予定だった(本編ではテレビと言っているが、映画「スーパーフライ」との2本立てにする予定だったらしい)。しかし技術的な問題で映画は完成しなかった。カチンコを使わなかったので音声と映像をシンクロできなかったのだ――紙数がないので何のために「カチンコ」を使うかはご自分で調べてください!それが現在の技術で見事によみがえったというわけだ。
アレサはC・L・フランクリンという牧師の娘として生まれた。父フランクリンは本編にも登場するが、牧師として非常に有名で、説教をレコードに残した最も初期の説教師の1人であり、歌声も素晴らしかったという。その娘であるアレサは小さい頃から父の教会や巡業講演で歌っていた。
また父フランクリンは1950年代から60年代にかけて公民権運動にも関わっており、キング牧師とは親友だった。当時の黒人名士はツアーの折に必ず彼の家を訪れたという。その中にはゴスペル界の二大巨頭であるマヘリア・ジャクソン、クララ・ウォード(彼女も本編で登場する)の姿もあった。特にクララはフランクリンと恋愛関係にあり、彼の家で多くの時間を過ごしていたという。そしてアレサはこの偉大なゴスペル歌手2人から大きな影響を受けている。
コンサートでは“What a friend we have in Jesus”という曲が歌われる。邦題は“いつくしみ深き友なるイエス”。結婚式などでも歌われる比較的有名な賛美歌/聖歌だが、問題は訳だ。頭のWhat a friendというのが感嘆文だというのはすぐ分かる。単に「友がいる」ではなく「何と素晴らしい友が私にいるのだろう」と言っているのだ。困ったのはin Jesusの部分だ。友がイエスなのだろうというのは想像できるが「雰囲気で訳しました」では翻訳家失格である。そもそも何でinなのだろう?
ネットで調べていると、似た構文の曲の解説が見つかった。「トイ・ストーリー」の主題歌“君はともだち”だ。原題は“You’ve got a friend in me”で、“いつくしみ深き~”と同じくin meとなっている!以下、解説の内容は下記の動画を全面的に参考にした。
https://www.youtube.com/watch?v=crHcEWoS440
まず原文を直訳すれば「君は僕の中に友達を持っている」となる。この“in me/僕の中に”は、中にいるから外から見たら分からない→君は気づいていないということだ。だから訳すと、字面は「君には僕という友達がいる」となるのだが「気づいていないだろうけど君には僕という友達がいるんだよ」という意味を含んでいる。
さらにa friendというのは「ある1人の友達」だから、君には2人以上の友達がいることを示唆している。その大勢の友達の中に僕もいるんだよと歌っているのだ。
ということはWhat a friend we have in Jesusは「気づいていないだろうけど、私たちにはイエスという素晴らしい友がいるのよ」と歌っているわけだ。なるほど、これならよく分かる。
“君はともだち”の解説には続きがある。原題はYou got~ではなくYou’ve gotと完了形だ。これは単に友達がいるではなく、「既に」僕という友達がいるという意味で、in meと同様に「気づいていないだろうけど」という意味を補完しているのだ。だから総じて、孤独を感じている者に対しての応援というニュアンスが色濃く出ている歌詞ということになる。
実は“君はともだち”とまったく同じ構文の歌詞が本編で歌われている。キャロル・キングの名曲“きみの友だち/You’ve got a friend”だ。あなたが落ち込んで苦しい時は私を呼んで、すぐ駆けつける、あなたには友達がいるのよ、と歌うこの曲。上述のようにYou've gotだから「気づいてないだろうけど、あなたには(私という)友達がいるのよ」というニュアンスを含んでいる。本編では歌詞を一部変えて、友達をイエスに見立てている。そしてクライマックスでアレサは熱唱するのだ――You’ve got a friend in Jesus! どう訳すか、もう解説は不要ですね。