橋を売る

今年の2月、ヴァン・モリソンが新譜を出したとラジオで聞いたが、残念ながら現時点で日本盤は発売されないようだ。このタイトルが変わっている。Somebody Tried to Sell Me a Bridge――俺に橋を売ろうとした奴がいた、というものだが、これには元となるエピソードがある。アメリカの伝説的な詐欺師、ジョージ・C・パーカーだ。パーカーはニューヨークの様々な建造物、特にブルックリン橋を売りつけたことで有名だ、って橋を売るとはどういうこと?
パーカー(1860-1936)が活躍したのは19世紀末から20世紀初頭。カモに選んだのは移民だった。ニューヨークに着いて最初に見るランドマークの1つであるブルックリン橋は彼らに強い印象を与える。パーカーはそこにつけ込み、自分は橋の所有者だが運営が大変だからと、立派な書類等を整えてだました。買ったカモが橋に料金所を設置しようとして警察に止められ、だまされたことに気づくというわけだ。
ここからhave a bridge to sellがイディオムにもなっている。I have a bridge to sell you(またはI got~)で「僕は君に売る橋があるんだ」→君に橋を売りつけるぞ→君はだまされやすいね、という意味になる。訳す場合はsellの相手――上の例文ならyouを主語にするのがコツ。I have a bridge to sell herだったら「彼女はだまされやすい人だ」と訳すわけだ。ヴァン・モリソンの新譜のジャケットは怪しいビジネスマン風の男が歩いている姿を俯瞰で描いているが、道に映る男の影が悪魔のそれになっている。俺をだまそうとした奴がいた、という感じか。
驚くべきは、パーカーと同時代にウィリアム・マクラウンディという男が観光客相手にやはりブルックリン橋を売っているのだ。さらに同時代、ヴィクトル・ルスティヒという詐欺師がいる。オーストリア=ハンガリー帝国の出身で、ヨーロッパとアメリカを舞台に悪名を馳せた。ルスティヒはエッフェル塔を2度売った男として知られている。老朽化でエッフェル塔を解体するから、その鉄クズを買わないかともちかけたらしい。ウィキでは「ヴィクトール・ルースティヒ」で日本語ページもあるが、発音はルスティヒが近いと思う。
橋を売りつけるという話で思い出したのが「マッシュ」だ。昔、角川文庫で原作が出ていたのだが(例によって今は絶版である)、確か名所を売る話があったと思って本棚から引っ張り出した。やはりありました! 舞台は朝鮮戦争のマッシュ/MASH=移動野戦外科病院。そこのマザー・ディバインというあだ名の賄い軍曹の話だ。彼はブルックリン出身の黒人で、絵葉書や大仰な書類を用意して、南部出身の田舎者の兵隊相手にマンハッタンやブルックリンの名所を売りつける。彼の別名はブルックリン・アンド・マンハッタン公共建造物測量会社社長という。残念ながらマザーはロバート・アルトマン監督の映画版には登場しない。テレビ版(何と11シーズンも続いた)にも登場していない模様だ。原作者がブルックリン橋の詐欺事件やイディオムを知った上で、それを文字どおり実践する男のエピソードを書いたのだということは想像に難くない。












