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翻訳の現場から


2023.03.31

風間先生の翻訳コラム

コラム第100回:ノックにご用心

ノックにご用心


『ノック 終末の訪問者』
4月7日(金)公開
© 2023 UNIVERSAL STUDIOS. All Rights Reserved.
配給:東宝東和

 M・ナイト・シャマラン監督の最新作「ノック 終末の訪問者」は、キャビンで休暇を過ごす親子(ゲイのカップルと養子)の元へ4人の武器を持った男女が突然侵入するという物語。4人は世界の終末を防ぐためと言って、親子に究極の選択を迫るのだ。ホラー映画のジャンルのひとつであるホーム・インベージョン=家宅侵入ものとキャビン=山小屋ものという2つの王道をいく作品である。前者だと「暗くなるまで待って」「わらの犬」、さらに「ホーム・アローン」もそうだし、後者なら「死霊のはらわた」「キャビン」など傑作が並ぶ。
 そのような作品だから、これ以上はストーリーに触れるのはやめておこう。個人的には予告編も見ずに映画館に行くことをお勧めします!ということで、本筋と関係ない話を――いつものやつですね。ただし、ストーリーに触れないと言ったが、本筋と関係ない部分で内容には触れます。一切のネタバレが嫌な人は視聴後にどうぞ。
* * * * * * * *
 本作はキャビンものだから、物語は山小屋の中だけで進んでいくのだが、所々で主人公の親子の回想が挟まる形を取っている。その回想の中で、主人公のゲイ・カップルが養子を取ろうと話し合う場面がある。養子を取ろうと提案している方が「僕らはそんな悪いわけじゃないぜ。大抵の夫婦はもっとひどいぞ」と説得しようとしてるらしいことは文脈で判断できるのだが、英語は次のようになっている。It’s not a bad list. I think most parents would have a worst list than that. ここでなぜリストが出てくるのかがよく分からない。子供側が親を品定めして、悪い点をリストアップしていくことをbad listと言うのだろうかとも考えてみた。我々はゲイ・カップルだが互いに愛し合っているし、そこらの夫婦よりはきちんとしている。減点だって少ないはずだと言っているのだろうか。だが、どうも腑に落ちない。そこでネイティブの知人に訊いてみると…
 この場面は前後に一切の説明がない。だから恐らくこういうことだろうと断った上で知人が説明してくれたのだが、これは文字どおりリストの話なのだ。2人は養子を取る上で、養子縁組の機関から調査票のような物を提出するよう求められているはずだ。それには収入や居住環境などの他に、夫婦が互いに相手の長所、短所などを書き出し、自己分析や問題点などを挙げるリストも含まれる。そのリストをして、他の親と比べたら我々のリストは悪くないと言っているのだ。
 言われてみると、このセリフの前に「君は短気だ」「君は真面目すぎる」といったやりとりがあった。僕は、養子を迎えるに当たって、改めて互いの性格を振り返っている程度のセリフだと思ったのだが、リストを補完させるセリフだと考えれば非常に納得がいく。といってもリストは訳に反映できなかった。「僕らの自己評価リストは悪くないさ」などとする字数はないし、仮にあっても「自己評価リスト」が唐突で分からない。解説がなければ通じないと判断したのだ。
 併せて知人は次のような話をしてくれた。今回のリストの話は、親としての人間性が純粋に問題になっているのであって、カップルがゲイかどうかは問題にされてない――少なくとも話者は問題と思っていないだろう。もしもゲイであることを問題としているならmost parentsはmost normal parentsといった言葉になったはずだ。だから、このセリフは「僕らはそんな悪いカップルじゃないんだから養子を迎えられるさ」と優しく相手を勇気づけているセリフだろうと言っていた。
 日本と比べると、アメリカは養子の数が圧倒的に多い。養子縁組後も実親と里親が連絡を取れるので、子供のその後を追跡できる。経済的な理由等で育てるのが無理だと判断すると、それほど抵抗なく養子に出すようだ。また里親側も、子供がいるなしに関わらず、恵まれない子供を救いたいというキリスト教的な考えが根っこにある。
 子供の人種で言うと、白人は少なく、多いのは黒人。それとアジア系、特に中国人が多いという。理由は伝統的に男の子を望む中国の価値観がある。これに一人っ子政策が重なるため、中国人の養子は圧倒的に女の子が多いという。さて、本作の養子の人種と性別だが……

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