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翻訳の現場から


2023.04.21

風間先生の翻訳コラム

コラム第101回:“ために“

“ために“


映画『Coldplay Music Of The Spheres: Live at River Plate』
絶賛公開中
© 2022 Parlophone Records Limited
配給:エイベックス・ピクチャーズ

 コールドプレイの最新ライブが映画となって公開される。昨年10月にミュージック・オブ・ザ・スフィアーズ・ワールドツアーのブエノスアイレス公演が全世界の映画館でライブビューイングされた。本作はそのディレクターズ・カットで、さらにメンバー等のインタビューが加えられている。
 ライブに解説など野暮だろう。実際に観て、聴いて、感じていただくのが一番だ。ただし1曲だけ少し特殊な曲が含まれているので、その話をしたい。それはイランのシンガーソングライター、シェルビン・ハジプールがつくった“バライェ/Baraye”という曲だ。
 2022年9月13日、イランの首都テヘランにおいてマフサ・アミニという女性がヘジャブ/ヒジャブ(頭や顔を覆う布のことで、イスラム教国では女性に着用を法的に義務づけている国が多い)の着け方を理由に警察に拘束され、3日後に死亡する。彼女の死がイラン全土での大規模な反政府デモに発展したことはニュースで耳にしたこともあるだろう。ハジプールはこれに触発されて“バライェ”を作り、曲は全世界で反響を生み、今年行われた第65回グラミー賞で特別賞“社会を変えた最優秀楽曲”を受賞した。そんな曲だから、社会運動に関心のあるコールドプレイが取り上げるのは自然な流れだったのだろう。
 それもあって、本作ではこの曲のみ(英語でなくペルシャ語ということもあるのだろうが)歌詞の翻訳が許された。そしてこの歌詞の作られた経緯がなかなか興味深いのだ。
 マフサ・アミニの死と続く反政府デモの後、Twitterを中心に、ある投稿が拡散された。これがすべて“バライェ”で始まるフレーズだった。“バライェ”とはペルシャ語、英語だとforとかbecause ofに該当し、~のために、~のせいでという意味になる。発信者は各人が体制に対する抗議や要求、希望などを書き込んだ。ハジプールはこれを基に歌詞を書いた。だから取り上げられている話題は多岐にわたっている。また、曲のミュージック・ビデオではそれぞれの歌詞に合わせて、基となったツイートが表示される。このビデオはライブ会場でも流れているし、You Tubeで見ることが可能だ。その中で説明を必要とすると思われる歌詞があるので、以下に書いてみたい。

ヴァリアースル通りの枯れた木:この通りはテヘランのランドマークのひとつで、美しい街路樹で有名だった。しかしイラン革命後の管理の失敗で木が枯れ出し、本数が大幅に減っており、市民の関心も高い。

希少なアジアチーターの子供 ピロウズ:アジアチーターは現在絶滅危惧に指定されており、イラン国内に生息するのは10頭あまり。2022年5月にイランで三つ子が生まれるが、2頭は相次いで死亡。残った1頭はピロウズ(勝利の意味)と名づけられたが、結局、曲が発表された後の2023年2月に死亡している。

罪のない犬たち:イスラム教では犬が不浄とされている。それでもイランの地方では番犬として普通に飼われていた。20世紀に入り、都市部でペットとして犬が飼われるようになる。しかし革命後、犬を飼うことは西洋化の象徴と見なされた。現在、犬を飼うことを禁止する法律は存在しないが、犬の飼い主と警察との間では衝突が絶えないらしい。その過程で手放された犬が野犬となり、その多くが殺処分されている。

撃墜で死んだ少女:ミュージック・ビデオではツイートと共に写真が写るのだが、その少女のこと。2020年1月8日、ウクライナ国際航空752便がイランのイスラム革命防空隊によって誤爆撃され、撃墜される。犠牲者の中に写真の少女Reera/リーラがいた。写真はリーラと父親が並んで座っている。事故後、父親は真相究明と遺族救済の団体を立ち上げ、イランで2人を知らない人はいないらしい。歌詞自体は「この写真の瞬間をもう繰り返せないから」と歌っている。

 最後に“バライェ”が終わって一同が退場した後、再登場までの間に流れる語りについて。特徴ある声でお分かりだろうが、しゃべっているのはルイ・アームストロングだ。これは“この素晴らしき世界”のスポークン・バージョンと言われるもの。この曲は1967年に発表されたが、1970年に再発売された際にアームストロング本人の語りがイントロとして付け加えられた。中で出てくるポップスというのは彼のあだ名のひとつだ。

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