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翻訳の現場から


2023.09.12

風間先生の翻訳コラム

コラム第105回:業務連絡

業務連絡

 先日やった映画で、殺し屋が狙った相手を始末し、相棒にこう言う。Clean up on aisle five. 普通に訳せば「5番通路を掃除しろ」となるはず。清掃、つまり死体を片づけろということかと当たりをつける。だが別に現場は通路でもないし番号も振られてはいない。aisle five/5番通路とは一体何なのか?
 やはりこれは「5番通路を掃除しろ」という意味。元々はスーパーで客が液体もの商品の瓶を割ったりして床が汚れた時、店側がスタッフに「〇番通路を片づけてください」とアナウンスすること。そこから転じて「何かまずいことが起きた時にただちに対応すること」を指す。今回は文字どおり「死体をclen upしろ」→片づけろという意味だが、状況に応じて「何とかしてくれ」「トラブったから助けてくれ」などと訳すこともできるだろう。
 面白いのはこのフレーズの通路番号は何番でもいいということだ。だから言う人によって数が違ったりする。ただ、一番目にするのは5番だそうだ。理由は恐らくaisle(発音がアイル)とファイヴで語呂がいいからだろうという説明があった。こういったフレーズや商品コピーなどでは韻を踏むことが重要なので5番ということなのだろう。
 肝心の訳だが、映画ではこのセリフを言われた相棒がキョトンとしていたので、この表現を知らないという設定らしい。面白い言い回しだからニュアンスを残したいと思い、考えた末に「業務連絡 清掃だ」「何言ってんだ?」としてみた。
 ということで無事疑問は解決したのだが、調べている最中に面白いものを見つけた。Mo Pitney/モー・ピットニーというカントリー歌手(日本では人気がないジャンルなので邦盤は出ていないようだ)が2016年に発表した作品にずばり“Clean up on aisle five”という曲があるのだ。
 歌詞によると、歌い手の僕がスーパーで買い物をしていると、ばったり1年前に別れた元カノに会う。自分では忘れたつもりだったが、彼女の笑顔を見た途端に後悔に襲われる僕。当たり障りのない会話をしながら、心の中ではフロアに崩れ落ちて泣きたい気分である。5番通路を掃除してくれ!→誰か何とかしてくれ、という失恋ソングだ。歌の舞台がスーパーなだけに、このフレーズがより生きる。「掃除してくれ」というのは、崩れ落ちそうな自分を掃除してくれ→どこかへ片づけてくれ→何とかしてくれと読んでもいいし、目の前にいる彼女を掃除してくれ→彼女を見ているのが辛いから目の前から消してくれと読んでもいい。聴いた人がいろいろ解釈できるのはいい歌詞ということだ。
 曲はピットニーとウィル・ナンスというソングライターの共作。ナンスはまずタイトルを思いつき、他のライターとのセッションで披露したが、誰もがふざけた曲、冗談半分の曲を想像したらしい。そんな中でピットニーだけがタイトルを聞いて「悲しくてスローな曲」と言い、2人は意気投合して失恋ソングとして仕上げたのだそうだ。
 上記エピソードで分かるように、このフレーズを失恋の歌のタイトルにするのはかなりひねった、だからこそセンスがあるということなのだろう。前後の文脈がなく、いきなりタイトルでこのフレーズを聴いたらネイティブでも「通路を掃除しろ」としか思わないのではないか。

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