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翻訳の現場から


2024.01.16

風間先生の翻訳コラム

コラム第109回:タールを塗った屋根は吹き飛ぶか

タールを塗った屋根は吹き飛ぶか

 過日、フィンランドの森の生活を追った番組を見ていた。そこの村人は6月になると、樹齢30年以上の松を選び、その根元から身の丈程度までの皮をすべて刃物で剥ぎ取る。松は幹を守ろうと、大量の松ヤニを汗のように分泌する。このまま5年ほど放置し、たっぷり油を蓄えたところで松を切り倒し、蒸し焼きにする。すると茶色い油のような液体が出てくる。これがタールだ。16世紀以降、フィランドはタールをヨーロッパ中に輸出していた。タールは防腐剤として船の底に塗られたのだそうだ。
 これを見ていて、はたと思い出した。小学生の頃に読んだムーミン・シリーズの「ムーミン谷の夏まつり」だ。この中で、スナフキンが孤児たちの面倒を見るはめになり、森で見つけた小屋に転がり込む。その後、小屋の屋根にタールを塗って乾かしていると、ビラが飛んでくる。それを取ろうと子供たちが屋根に登り、生乾きのタールですっかり汚れてしまうという下りがあるのだ。
 当時の僕はタールが何かよく分かっていなかったが、道路工事などでコールタールというのは知っていた。だからあれに似た粘着質のペンキのような物を屋根に塗ったのだろうと子供心に想像していた。番組を見た後なら、防腐剤として屋根にタールを塗ったわけで、屋根は木製なのだろうと推測がつく。だが問題はそういうことではない。塗ったのがタールだということだ。
 ムーミンの作者のトーベ・ヤンソンはフィンランド出身の作家だ。ムーミン谷がどこにあるかについては2018年のセンター試験の地理の問題にもなり、その後論争を呼んだらしい。フィンランドでもノルウェーでも想像の世界でもいいのだが、少なくともヤンソンが執筆した時点で、自国を基に考えをめぐらせたのは間違いないだろう。タールはかつてのフィンランドの特産品であり、現在でも作られている。フィンランド人にはまあ身近な物と言っていい。タールである必然性とまでは言わないが、出てくる納得性、妥当性はあるのだ。
 僕は割とこういうことに自分なりに答えを見つけて納得するのが好きだ。スナフキンは、面倒を見る孤児たちが住む家だから補修しようとして塗ったのだろう。別にペンキでもニスでもいいわけで、「タールを塗った」と原文にあるのだからそのまま訳せばいいだけだ。ただ、タールがフィンランドの特産品だと分かると、すごく腑に落ちるのだ。
 同じく有名な児童文学で、映画化もされている「オズの魔法使い」は、主人公のドロシーと愛犬のトトが竜巻に家ごと巻き込まれて、オズの国へ吹き飛ばされることから物語が始まる。ファンタジーの場合、現実から別世界へどう行くかがポイントのひとつになるわけだが、竜巻で飛ばされるというのは絵面として派手だ。まさにつかみはオーケーである。しかしドロシーの家はカンザスの農場という設定だ。実はアメリカの中西部は竜巻の多発地として有名である。1985年から2014年までの年間竜巻発生の平均を出した地図がアメリカ国立気象局のHPに載っているが、1位はテキサスの140件、そして2位が80件のカンザスなのだ。オズの国には行けないだろうが、家が竜巻に巻き込まれる納得性はちゃんとある。
 竜巻はいつ、どこで発生するか分からないので、それを追いかけるストーム・チェイサーという研究者がいる。それを映画化したのが「ツイスター」だ。1996年の作品だが、今年リメイクされるらしい。原題はTwistersだ。
 えーと、タールの話から竜巻映画になってしまった…

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