訴追と起訴
大谷翔平の通訳、水原一平の違法賭博事件には本当に驚いた。横領した金額があまりに大きすぎてピンと来ない。大谷がエンゼルス時代に稼いだ年俸の総額と聞いて、ようやくその莫大さを想像できるようになった。
事件の発覚から約3週間後の4月11日、エストラーダ連邦検事が会見を開いたが、日本では「水原氏が銀行詐欺罪で訴追された」と報道された。気になったのは「訴追」という言葉だ。似た言葉で「起訴」というのがある。「訴追」と「起訴」はどう違うのか。
まず日本語の「訴追」だが、「刑事訴追」とは言うが「民事訴追」とは言わない。「民事訴訟」となる。「訴追」は刑事事件に使う言葉と思っていい。では「起訴」とどう違うのか。一般的には「訴追」の方が「起訴」より大きな概念、事件を裁判に回すこと全般を指すと考えていいだろう。そして、水原一平の事件で「起訴」でなく「訴追」が使われたのには、アメリカ独特の刑事手続きと関係がある。
事件が起きて捜査が始まり、被疑者/suspect(報道では被害者と混同されないよう「容疑者」が使われるが同じ意味)が逮捕される。ここまでは日米とも同じだ。しかし日本では逮捕から最大23日間も拘束が可能であり、その間に取り調べが行われる。その後、事件は検察に送られ、「起訴」となれば公判(裁判)が始まるわけだ。
これに対してアメリカでは逮捕後最長3日間で取り調べは終了し、被疑者は警察の管理下を離れ、裁判手続きに回される。ここからの手続きが日本にはないアメリカ独特のものとなる。
以下の手続きだが、例によってアメリカは州によって違いがあるので、あくまで代表的な例だ。検察が事件を公判に回すと判断すると、被疑者はchargeされる。しかしchargeは「起訴」ではない。chargeされた被疑者はイニシャル・アピアレンス(初回出頭とか冒頭手続きと訳される)→予備審問という手続きを経て、初めて正式に「起訴」となるのだ。一部の州では予備審問後、さらに大陪審という手続きを経ないと起訴できない。そこでchargeを「起訴」と区別するために「訴追」と言っているのだ。
なぜ起訴前に一連の手続きがあるのか――説明すると長くなるので、検察官の処分だけで事件が裁判に付されるの防ぐ意図、無闇な起訴を防ぐということだと思ってもらえばいい。言い換えるなら、訴追された事件を本当に起訴すべきかを一連の手続きで確認するわけだ。
イニシャル・アピアレンスを境に被疑者は被告人/accusedと呼ばれるようになり、この段階で早くも保釈が認められる。水原一平の場合、日本の報道では、4月11日に訴追されるまでは「~容疑者」とか「~氏」と書くことが多かった。そして翌12日に連邦地裁に出廷。これがイニシャル・アピアレンスだろう。この時点でやはり保釈が認められている。以後の報道では「~被告」とか「~元通訳」という言い方が多くなっている。
事件の経緯に詳しい人は、この後に罪状認否が行われる予定だと聞いているはずだ。予備審問(+大陪審)を経ないのかと思うかもしれないが、水原被告は既に有罪を認めている。だから予備審問(+大陪審)の手続きは必要なく、すぐに罪状認否に入るわけだ。これで正式に有罪を認めれば公判は行われず、あとは判事によって量刑が言い渡されるはずだ。