嗜好品
『モンキーマン』
8月23日(金)全国公開
配給:パルコ ユニバーサル映画
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「スラムドッグ$ミリオネア」「LION/ライオン~25年目のただいま」のデヴ・パテルが初監督で主演も務めた「モンキーマン」がやって来る。元々Netflix作品として始動しながら、作品に惚れ込んだジョーダン・ピールがプロデューサーを買って出て、晴れて劇場公開の運びとなったサスペンス・アクションである。
劇中で主人公が“パーン”なる物を買う場面がある。字幕は「噛みタバコ」として「パーン」のルビを振った。分かりやすくするためにそうしたのだが、実際には噛みタバコとは違う。ただ、作法が似ているのと、パーンを紹介するブログ等では「インドの噛みタバコ」と書かれていることが多い。そこで半分違うと承知の上で上記の字幕にしたしだい。
パーンとはインドでポピュラーな噛む嗜好品のことだ。キンマというハート型をした葉に、水で溶いた石灰を軽く塗り、その上にビンロウジを載せて葉で包み、口に入れて噛む。噛んでいると唾が出てくるので、飲み込まずに吐き出す。それを繰り返し、味がなくなったら口中の葉も捨てて終わりというもの。
ビンロウジとはビンロウというヤシ科の植物の実のこと。1.5~3.5cmほどの鈍円錐形の形をしていて、殻が硬いので専用の道具で割り、中の実を使う。映画でも店主が実を割る場面が映った。ビンロウジはアルカロイドを含んでおり、ニコチンのような刺激、興奮、酩酊作用がある。そのためアジア各地では昔からビンロウジを噛む習慣があった。葉に石灰を塗るのはアルカロイドがよく出るようにするため。ビンロウジの生分と石灰と唾が混ざると真っ赤になるため、吐き出すと血のような色になる。
インドではパーンを売る店が町のあちこちにある。店主は注文を受けると、その場でキンマの葉に石灰を塗り、ビンロウジを載せ、器用に包んで提供してくれる。載せるのはビンロウジだけではない。様々な香辛料、果物、砂糖、時にはタバコの葉も混ぜる――だから「噛みタバコ」が完全な誤訳ではないわけです!
ビンロウジ以外に何を混ぜるかは店によって違うし、客が〇〇を多めにと注文することもあるようだ。種類は大雑把に言ってスイートかスパイシーに分かれるらしい。スイートだとシロップを入れる所もあるとか。その味は、基本にミントのような清涼感があって、プラス選んだ具材(?)によって甘さや香辛料の香り、さらに葉や実の苦みなどが加わる。非常に個性的な味で、初めて試した外国人はまずいと言う人がほとんどだ。
パーンの中にはファイヤー・パーンというのもある。具材の中に粉末アルコールとクラッシュアイスを載せて火をつけ、葉は丸めずにそのまま店主が客の口へ放り込む。熱くはないらしいが、SNS映えするということで話題になった。2017年には日本テレビの「世界の果てまでイッテQ!」でイモトアヤコがファイヤー・パーンに挑戦している。ファイヤー・パーンも含めて現物や作り方については動画が多く上がっているので、興味がある方は探していただきたい。
ただし、パーンの主材料であるビンロウジはアルカロイドを含むので、タバコのように依存性がある。さらに道のあちこちに真っ赤な唾を吐くのも衛生上よろしくない。しかも石灰を含むため、唾は乾くと固まって掃除がしにくいらしい。だがそれ以上に問題なのは、アルカロイドがニコチンと同様に発ガン性物質を含むことだ。インドでは口腔ガンの発生率が他国に比べて非常に高いということだ。
これはインドに限らず、ビンロウジを噛む習慣のある台湾や中国でも問題になっている。タバコやアルコール、コーヒーなど嗜好品は危険がつきものらしいーーというか、その危険性と裏腹の何かがあるから嗜好品たりえるのかもしれない。