処方箋薬
前回カプタゴン(フェネチリン)からオピオイド系鎮痛剤、その中でも最強のフェンタニルの話を書いたが…… 第2次トランプ政権が発足すると、早速関税を使ったディール外交が始まった。2月1日、メキシコとカナダ、中国からの輸入品に関税をかけると発表したが、その理由として挙げられたのがフェンタニルだった。中国がフェンタニルをメキシコ経由でアメリカに送り込んでいるので、これを阻止するためだという。
確かにアメリカに密輸されるフェンタニルの主な供給源はメキシコと中国で、中国産はかつて錠剤としてアメリカに持ち込まれていた。トランプは第1次政権時代の2017年にフェンタニルを含むオピオイド系薬物の乱用を問題視し、公衆衛生上の非常事態宣言を出す。そして中国と交渉した結果、フェンタニルを中国で規制薬物に指定させたのだ。これによって中国からの錠剤輸出は減った。しかし中国業者はフェンタニル生成に必要な化学物質をメキシコやカナダに輸出し、そこで生成してアメリカに密輸する方法に変えたと言われている。
しかしフェンタニル乱用の背景には、前回書いた「オピオイド危機」――鎮痛剤オキシコドンの乱用がある。そもそも麻薬と言われるアヘンも元は麻酔薬、鎮痛薬として古代から使われていた。このアヘンを原料として作られた新たな鎮痛薬がモルヒネである。モルヒネはアメリカでは南北戦争、ヨーロッパでは普仏戦争で広く使用され、多くの中毒者を出した。モルヒネに替わる依存性のない鎮痛剤として、モルヒネから作られたのがヘロインだ。ヘロインはベトナム戦争でアメリカ兵の手に渡り、乱用が問題となる。アヘンもモルヒネもヘロインも、依存性の強さから禁止薬物、麻薬に指定された。そしてこれらに替わる依存性のない鎮痛剤として、アヘンに含まれるアルカロイドから合成されたのがオピオイド系鎮痛剤である。この中で特に問題となったのがオキシコドンだ。アメリカではパーデュー・ファーマ社が商標オキシコンチンとして1996年に発売した。つまり合法な薬なのだ。ヘロインが麻薬=禁止薬物なのに対して、オキシコンチンは処方箋薬なのである(ヘロインも元は合法薬だったわけだが)。
パーデュー・ファーマ社は医療現場に積極的にオキシコンチンを売り込む。これは画期的な方法だった。それまで薬は患者に対して宣伝していたが、同社は医師や医療団体に狙いを定め、積極的に使うと報酬を提供した。これにより、炭鉱労働者など肉体労働者を中心に地方で処方される患者が増え、意図せずして中毒者を生んでしまう。後にオキシコンチンの危険性が医療現場から伝わっても、同社は「悪いのは薬でなく乱用者だ」と対策を講じなかった。
さらにオキシコンチンの麻薬としての効果が知られるようになると、始めから乱用目的で購入する者が増えた。医者を何件も回って大量購入する者、乱用目的と知りながら簡単に処方する医者も現れる。これに転売目的で購入する者が加わる。処方箋薬だから麻薬より気軽に買えるという側面もあった。
そして2000年代に入ると中毒者や関連犯罪が急増、オキシコンチンは影のヘロイン、貧乏人のヘロインと呼ばれ、オピオイド危機として社会問題となる。そして危険性、依存性を認識しながら販売を続けたパーデュー・ファーマ社に非難が集中、訴訟も相次ぎ、ついに2019年、同社は破産申請を行った。
こうして2000年代にオキシコンチンへの規制が強まると、乱用目的の依存者はフェンタニル、それも非合法フェンタニルを使用するようになる。フェンタニルはオキシコンチンよりも強力で、製造は容易かつ安価だ。だから少量で十分であり、密輸・密売にも好都合なのだ。
フェンタニルを含め、現在アメリカで乱用が問題になっている物の多くは処方箋薬だ。そこにこの問題の根深さを感じる。単に入ってくるものを規制するのではなく薬物依存という構造的な問題にも向き合わないといけないのだろう。
(今回は内容に則し、少しシリアスな写真を選んでみました)