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翻訳の現場から


2025.03.21

風間先生の翻訳コラム

コラム第123回:ビートでジャンプ

ビートでジャンプ


『ファレル・ウィリアムス:ピース・バイ・ピース』
4月4日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
配給:パルコ ユニバーサル映画
© 2024 FOCUS FEATURES LLC

 「ファレル・ウィリアムス:ピース・バイ・ピース」は、ヒップホップのプロデューサーとしてブリトニー・スピアーズやジェイ・Z、スヌープ・ドッグ、ジャスティン・ティンバーレイク、マドンナなどの曲を担当、さらにソロ歌手として“ハッピー”などのヒットも飛ばしたファレル・ウィリアムスのドキュメンタリーだ。しかし普通の映画ではない。レゴ映画なのだ。
 レゴ映画は最初の「LEGO ムービー」からワーナー・ブラザーズが制作していたが、同社とレゴとの契約が満了し、レゴは新たにユニバーサルと契約。本作がその第1弾となる。それまでのレゴ映画がファンタジーやSF寄りだったのに対し、本作はきわめて真っ当な音楽ドキュメンタリー作品だ。ただし、普通のドキュメンタリーならインタビュアーが質問して、本人や関係者が答えるだけだが、本作はその時の状況や話者の行動を、レゴを使って具体的に描いている。語った内容がビジュアルとして視聴者に伝わるのだ。
 さて今回、翻訳に当たって少し悩んだ言葉がbeatだ。ファレルがメジャー・デビューする前に“一緒にビートを創った”とか“ビートをひたすら創っては貯め込んだ(後で売り込む時用に貯めていたということ)”と語る。ビートとは一般的にリズム、リズムパターンのことだ。ファレルがやっていたのはヒップホップ、要はラップだからリリックを乗せるのにビートが重要なのは分かる。だが、リズムパターンだけを大量に貯め込むのは何か変な気がする。さらに後半でアーティストに売り込むためにビートを聴かせる場面があるのだが、聴かせているものはリズム以外の音がある――というか明らかに曲の体を成している。彼が言う“ビート”とはリズム、リズムパターンのことではないようだ。
 そう思って調べていると、Rap Dictionaryというサイトにbeatの解説が載っているのを発見した。第1義はいわゆるリズムのこと。そして第2義として「歌の楽曲;リリックのない曲」とある。つまりは曲のインストルメンタルのことだ。これなら納得である。ファレルは楽曲を創って貯め込んでおり、それをアーティスト=ラッパーに提供し、ラッパーがリリックを創って、ファレルの楽曲=ビートに乗せるわけだ。そこで字幕は初出で「楽曲」に「ビート」とルビを振り、以降は「ビート」を使い、曲のことだとはっきり分からせたい箇所のみ、改めて「楽曲/ビート」のルビとした。
 ここまで分かってから日本語のヒップホップ用語解説のサイトをいくつか覗いてみた。どうやら日本では“トラック”という言い方が主流のようだ。「ラップを乗せるバックミュージックのことで“ビート”と呼ばれることもある」といった説明が大半である。
 お陰でずっと不思議に思っていたことが氷解した。ラップ曲にはバックの楽曲のコード進行がきれいだったり、印象的なメロディーやリズムが出てきたりする。ラッパーはリリックも書きながらあんな曲も書けるのかと思っていたのだが、ビートを創る人間が別にいたわけだ。そして本作でファレルも言っていたが、ビートを創る人間が曲のプロデュースもする例が多い。だから1枚のアルバムで曲ごとにプロデューサーが違うということも結構ある。もちろんラッパー本人がビートを創るケースもあるし、ビートを創る人間がリリックのフレーズを考えることもあることは指摘しておく。
 ところでなぜファレルは自伝映画にレゴという媒体を選んだのか?これについては本人がインタビューで語っているが、ここで僕自身の妄想を書いてみたい。本作を訳すに当たっていろいろ資料を当たったが、T JAPANの記事に、ファレルは自分が“ボイスメール症候群”だと語る記述があった。これは彼独自の表現で、自分の声や演奏の録音を聞くのが恥ずかしくて苦手だという意味だとか――皆さんも覚えがありますよね。だから本作で自分のことを赤裸々に語るに当たって、レゴで描けば恥ずかしさが多少は減るという気持ちもあったのではないか。
(今回のタイトルはフィフス・ディメンジョンの“Up Up and Away”の邦題で、コラムの内容とは関係ありません!)

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