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翻訳の現場から


2017.09.01

風間先生の翻訳コラム

コラム第33回:恋のピンチ・ヒッター

恋のピンチ・ヒッター

実家に銀食器があるのだが、もったいなくて普段使いはしていなかった。久しぶりに出してみると見事に黒ずんでいる。銀というのはすぐ変色するらしく、食器に使うのは高級感を演出するだけでなく、万一食事に毒を盛られていても,食器の変色で分かるためだという。韓国料理で銀の箸を使うのも同じ理由だと聞いたことがある。

銀食器といえば、銀のスプーン=silver spoonを使ったイディオムがある。born with a silver spoon in one’s mouthというやつだ。銀のスプーンをくわえて生まれてきた、というのは直訳で「裕福な家に生まれつく」という意味になる。銀のスプーンが高価な物なのは言うまでもないが、スプーンも含めて銀食器というのは上述のようにすぐ黒ずんでしまう。使用したらよく洗って水気をしっかり拭き取らなければならない。さらに、使わない時も定期的にから拭きして磨きあげる。つまり、それができる環境、召使いがいる環境が必要だということだ。

その昔、キリスト教徒は子供が生まれるとすぐ洗礼を受けさせた。この洗礼式に立ち会って、子供に名前を与え、父母に代わってその子の宗教教育を保証する教父、教母という存在がいた。代父、代母とも言う。宗派によって言い方が違うし、プロテスタントでは代父母を立てない教派もある。どこかで聞いたことがあるでしょ。そう「ゴッドファーザー」です。代父母のことを英語ではgodparentと言い、男性のgodparentをgodfatherと言うのだ。あの映画の洗礼式シーンは有名ですね。

話を元に戻すが、この教父母は洗礼の時に、金持ちの子には銀のスプーンを送る習慣があったらしい。そこからborn with a silver spoon in one’s mouthという表現ができたと言われている。また、これからborn with a wooden spoon~という表現も生まれた。木のスプーンをくわえて生まれた=貧乏な家に生まれたという意味だ。

 これで思い出すのがザ・フーの“Substitute”という曲だ。歌詞の中にI was born with a plastic spoon in my mouth.という一節がある。今や木のスプーンを普段使いする人はいない。逆にサラダを取り分けるオシャレなアイテムになってしまっている。使い捨てのプラスチックのスプーンの方が貧しい家の食器という感じが出る。もちろん、上述のsilver spoonを踏まえた表現なのは言うまでもない。plasticの安物感と時代性が出た実にうまい言い回しだ。

 僕はこのザ・フーが大好きなのだが、英米ではビートルズ、ローリング・ストーンズとならぶ大物なのに、日本ではまったく人気がないのが残念だ。それと、なぜか彼らだけは「ザ・フー」と「ザ」を付けるのが慣習になっている――ビートルズもストーンズも本当はThe Beatles, The Rolling Stonesなんですがね。「フー」だけだと格好がつかないからなのか、耳で聞いてバンドの名前だと分かりにくいからなのか、とにかくそういうことになっている。ちなみに身代わり、代用品という意味の“Substitute”の邦題は“恋のピンチ・ヒッター”という。興味がある方は歌詞を調べて読んでみては。それとこの邦題、うまいと思うかダサいと思うか、ぜひ考えていただきたい。

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