姉妹兄弟
7月5日(金) TOHOシネマズ シャンテ 他 全国順次ロードショー
フランスの名匠ジャック・オーディアールの最新作は何と西部劇。主人公の殺し屋兄弟にはジョン・C・ライリーとホアキン・フェニックス。さらにジェイク・ギレンホール、リズ・アーメッドの「ナイトクローラー」コンビが絡む「ゴールデン・リバー」は黄金に翻弄される男たちを描いた異色ウェスタンだ。
殺し屋兄弟が旅の途中でサルーンのあるホテルに泊まるのだが、酒に溺れている弟に兄が文句を言う――「どうせしこたま酔って二日酔いだろ」。それに対し「もうひとつ、ヤりまくる」と応じる弟。当時のサルーンが酒を提供するだけでなく、春をひさぐ女性を置いていたことが多かったのはご存じだろう。さて、上述のセリフの原文は以下のとおりだ。
“You’ll get drunk as a fish tonight and be sick as a dog tomorrow.”
“You’re forgetting something. I’m going to fuck like a rabbit.”
直訳すれば「(どうせ)今夜は魚のように酔って、明日は犬のように具合悪くなるんだろ」「ひとつ忘れてるぜ。ウサギのようにヤりまくる」。イディオムを含め、すべて動物(正確には生物)を比喩に使った表現なのが面白い。
最初の“魚のように酔う/drunk as a fish”だが、これは泥酔するというイディオムだ。なぜ魚なのかというと、Drunktionary――酩酊語辞典とでも訳そうか――に次のような説明があった。魚は泳ぐ時常に口を開けているが、それが酒を飲み続けるさまに似ているかららしい。この表現の歴史は古く、1600年代半ばから1700年代初期にまで遡れるという。このバリエーションとしてdrunk as a skunk/スカンクのように酔うというのがある。drunkとskunkが韻を踏んでいるのと、酒臭い息をスカンクに例えたというのが語源らしいが、これなどは1900年代からの表現。脚本家は“動物つながりという縛りに加えて、映画の時代設定に合わせて、古い言い回しであるdrunk as a fishを選んだのかもしれない”などと想像すると楽しい。
次のsick as a dogというのは具合が悪いというイディオム。エアロスミスに同名の曲があったが比較的有名なイディオムではないか。面白いのは、人間のよきパートナーとして知られる犬が、イディオムの世界になると途端に悪い意味を持つことが多いということだ。work like a dog(“ア・ハード・デイズ・ナイト”の歌詞にも登場しますね!)はがむしゃらに働くという意味。そもそもdog自体に卑劣な奴とか下らない物という意味があり、ランダムハウスではDon’t be a dog!/卑怯なまねはよせとか、Critics say his new play is a dog/批評家は彼の今度の劇は失敗作だと言っている、といった例文を載せている。飼い犬の忠実な態度を人に媚びていると見たり、昔は身近だった野良犬のイメージから悪い意味に使うことが多いのだろうか。日本語でも「幕府の犬(古いですな)」などと組織の手先や密告者を犬と呼びますね(これについては戦国武将の前田犬千代が間者として活躍したのが由来だという説もあるらしいが)。
最後のfuck like a rabbitはイディオムではないが、意外なことに欧米では多産の象徴がウサギなのだ。日本人ならネズミだろうから、この違いは興味深い。ウサギは多産から精力絶倫というイメージもあって、これがfuck like a rabbitにつながる。復活祭/イースターでイースターエッグを運んで来るイースター・バニーというウサギのキャラクターがいるが、これもウサギが多産であることから生命の復活を祝うイースターのキャラに選ばれたらしい。そういえばアメリカの一コマ漫画で、ノアの方舟がウサギだらけになるというのがあると星新一が「進化した猿たち」で書いていたっけ。
(ちなみに今回の題名は映画の原題“The Sisters Brothers”から。主人公の2人はシスターズ兄弟という。どうやら単に変わった名前ということらしい。)