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翻訳の現場から


2020.04.09

風間先生の翻訳コラム

コラム第64回:木のふりをして…

木のふりをして…

 実にすごいことになってしまった。最初に新型コロナ・ウイルスの話を聞いた時、誰が今のような状況を予想しただろう。でも明けない夜はない。今は耐え忍ぶ時だ。今月は公開作の話題を書こうと思っていたが、公開延期が決まったので、急遽別の話題にします。
 先日、面白い表現に出会った。話し相手にウンザリした2人組が帰れと言う状況なのだが、1人がMake like a tree and…と言うと、もう1人がそれを受けてLeave!と言う。言いかけた言葉を受けられるということは、有名な言い回しか慣用句ということだ。調べてみると簡単に氷解した。make like a tree and leaveで「さっさと消え失せろ」という意味のイディオムだ。tree/木からの連想でleaf/葉の複数形であるleavesとし、leave/去れに引っかけている。make likeは~のふりをするという意味だから「木と葉っぱのふりをしろ」→「消え失せろ」と変換するわけだ。
 だが今日の本題はここから。このフレーズを調べていたら「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の一場面がヒットした。これがなかなか面白い。主人公のマーティが過去に戻り、学校でいじめっ子のビフとケンカになりかける。だが校長が見ていたので、ビフは「今日は勘弁してやる」と言った後にこう言うのだ。So why don’t you make like a tree… and get out of here.
 恐らくここは笑うところなのだろう。leaveと言わなければいけないのにget out of hereと言わせることで、決まり文句をちゃんと覚えていないバカな男だと描いているのだ。だから、このセリフはIMDBのquote/名ゼリフのコーナーにも載っているし、”make like a tree and leave”で検索すると、この場面が出てくるのだ。
 ただ、これは日本人には分からない。ビフがこう言った後で周囲が爆笑でもすれば、彼が言い間違えたのだと分かるが、映画では周囲はシーンとしている。後ろのビフの仲間がやや微妙な表情を浮かべるが、大抵の視聴者はスルーするはずだ。DVDを借りて確かめたら、字幕は「おとなしく とっとと消え失せろ」となっていた。この字幕は正解だと思う。上述のように日本人は気づかないのだから、言い間違いを強調する訳にしたら逆に視聴者は引っかかってしまう。言い間違いだという共通認識がないのだから、そのまま流すという判断が普通だろう……
 ところがである。「バック・トゥ・ザ~2」で再びこのセリフが出てくるのだ!未来の老ビフが、ある理由で過去の自分=若いビフに会う場面だ(ここはさすがにネタバレになるのでぼかします)。お節介を焼く老ビフに、若いビフがキレてSo why don’t you make like a tree and get out of here.と言う。すると老ビフは頭を小突き「leaveだ、このバカ。make like a tree and leaveだ。そうやって間違えてると頭が悪いと思われるだろ」と怒る。
 こうなると工夫して言い間違いを訳すしかない。字幕は「おれをしゃぶると承知しねえぞ」「“おれをなめると承知しねえ”だ」としていた。ちなみに吹替(テレビ放送版)は「ケツまくって消えなよ、じいさん」「“ケツあげて”だろうが、このバカ。“ケツまくる”ってのは居直る時に使うんだ」となっていた。「ケツ/尻をまくる」というのは原文と同様に慣用句である上に、慣用句の誤用まで同じだ。これは名訳と言うべきですね。
 字幕は「消え失せろ」という部分が消えているが、この判断は責められないと思う。このセリフが「1」にも出てきたと覚えている視聴者は少ないだろうからだ。「1」の時点で言い間違いに気づかない人がほとんどだから、記憶に残らなくて当然なのだ。
 ということで、自宅待機で時間がある方は”make like a tree”を探して見直してみてはいかがだろうか。#ステイ・ホームだから、できるなら宅配か配信を使うといいんでしょうね(!)

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