請求書を送付します
先日翻訳した作品の中にこんなセリフが出てきた。訳せば「invoiceのことでちょっと聞きたいんですが」となる。僕は普段ランダムハウスを使っている。引いてみると「インボイス」「送り状」といった訳語が並び、最後に「売り主[輸出業者]が発送貨物の品名,価格,数量などを記載して買主[輸入業者]に送付する書類」と説明がある。長くて要領を得ない。下にあった例文は「送り状」を使っている。invoiceは動詞にもなるようで「送り状を送る」「送り状を作る」とあった。ならば「送り状」でいいだろうと判断し、これでセリフを作った。ところがチェックで「請求書」と直されている。でもランダムハウスには「請求書」という意味は載っていなかったぞ!どういうことだろう?
少し調べてみると、日本で仕事や納品物に対する代金の支払いを求める書類、いわゆる一般的な意味での「請求書」はinvoiceでいいのだそうだ。大まかに請求書と言うとinvoice, bill, checkという3つの英語が考えられるらしい。この中でinvoiceは上述のようにいわゆる「請求書」の意味。billはこれよりもっと意味が広くなり、品物の購入や飲食店のサービスに対する「会計」「勘定」の意味で使うことが多い。checkはアメリカ英語で飲食店限定の「請求書」――そういえばレストランで会計する時はCheck, please.と言うと教わったっけ。イギリス英語だと飲食店の会計もbillを使うのが普通だそうだ。
一応解決したのだが確認と思い、他の辞書を見てみる。リーダーズでは「送り状」「仕切り状」、「送り状(仕切り状)による送付(積送)」と読む気をなくす説明の後に「明細記入請求書」「インボイス」とある。次に英辞郎を見ると「インボイス」「送り状」「明細付き請求書」とあって、その後に「納品書と請求明細書の役割を兼ねる」と説明がある。答えを知ってから読み直すと、英辞郎の説明が一番分かりやすい。ただ「請求書」という言葉はやはり埋もれてしまう。
ついでにインボイスそのものを調べてみた。インボイスとは貿易実務で必須の書類だが、国内取引にはないものらしい――だから分からないわけですね。しかし海外との貿易をやる日本人なら誰でも知っているもので、送った人間(=輸出者)、誰に送るのか、送る物の内容、価格、数量が書いてある。現場では「送り状」とも呼ばれるらしい。以上のことを簡単にまとめると、「インボイス」は別名「送り状」と言い、明細書と請求書と納品書の3つの書類を兼ねるものだということになる。
これでようやく謎が解けた。理解した上で辞書の説明を読むとよく分かるし、間違ったことは書いていない。だが①一般的には請求書のこと ②貿易関係では「送り状」と言うが、そもそも日本にはない書類、明細書と請求書と納品書の3つを兼ねる などと書いてもらえれば分かるのに、と文句のひとつも言いたくなる――まあ、これはない物ねだりですよね。辞書という限られたスペースでは仕方ない。
ということで、普通の文脈で出てきたら「請求書」、または字数が許せば「明細請求書」と訳し、貿易関係の話で厳密性、正確性が必要なら「送り状」または「インボイス」辺りを想定しながらケースバイケースで判断するということか。冒頭にあげたセリフは、殺人事件を追う捜査官が相手を引き留めるきっかけとして「invoiceのことで質問が」と言ったという設定。とすれば「請求書」と訳すのが正解だろう。また勉強させてもらいました!