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翻訳の現場から


2022.07.15

風間先生の翻訳コラム

コラム第91回:ライトなビールにしてくれ

ライトなビールにしてくれ

 まさか6月に梅雨明けするとは!今年の夏は長そうだ、と思ったら最近は戻り梅雨のような様相。そういえば芭蕉の「五月雨をあつめて早し最上川」という有名な句があるが、この五月雨とは梅雨のことだ。さみだれ=五月雨と書くから5月の雨と思ってしまうが、当時は旧暦である。大雑把に言えば旧暦は新暦と1ヵ月ずれていると思っていい。今の6月が旧暦5月に相当する。だから梅雨の雨は文字どおり五月の雨=五月雨なのだ。
 年末の定番である赤穂浪士の討ち入りというと雪の中である。討ち入りは12月14日。たまたま12月に大雪が降ったのだと思ってしまうが、あれも旧暦だから新暦だと1月である。正確に換算すると1月30日だそうだ。これなら江戸に大雪が降っても不思議ない。
 話がずれたが、梅雨が明けて夏と言えばビールである。まあ季節を問わずビールはうまいものだが、特に汗をかいた後の一杯は格別だ。前にオーストラリア映画を翻訳していたら、パブの店主がビールの注文を受けてfull-strength or mid?と聞く。明らかに銘柄ではないからビールの種類だろうが、聞いたことがない。strengthとあるからビールの強さ=アルコール度数の話かなと見当をつけてみる。
 実はオーストラリアのビールはアルコール度数で3種類に分かれているのだ。full-strength/フル・ストレングスは4.5~6%で、日本の普通のビールに近い。mid/ミッドとはmid-strength/ミッド・ストレングスの略で、こちらは3.5%前後のもの。4%でもミッド・ストレングスとして売られているものもある。味わいはフル・ストレングスとほぼ変わらないらしい。最後がlight/ライト。これだけはなぜかライト・ストレングスとは言わず、ライトだけ。度数は2.5~3%程度のものだ。
 問題は訳だが、フル・ストレングスはレギュラービール=“普通の”でいいとして「普通かミッドか?」では通じない。せっかく調べたのだが、誤訳を承知で「普通かライトか?」とせざるをえなかった。毎度のことだが字幕はつらい。
面白いのは、アメリカでライトビールと言う場合、度数は普通と同じでカロリーが低い物を指すのが一般的なのだ。ミラー社が発売したミラー・ライトが商業的に成功したライトビールの先駆けと言われている。肥満大国アメリカの健康志向を受けたビールだ。ミラーの場合、レギュラーのミラー・ハイライフでアルコール分4.6%。対してミラー・ライトは4.2%とほぼ変わらない。
日本でライトビールと言うと、カロリーが低くてアルコール度数も低めのビールという説明が多い。だがアメリカでは上述のように主にカロリーの低いビールを指す。これに対してオーストラリアはアルコール度数の低いものをライトと称する。同様なのがスコットランドで、こちらはアルコール分3.5%以下のものをライトと呼んでいる。
そもそもカロリーを下げる目的のライトビールというのは、レギュラービールから太る原因である糖質を減らしているのだが、同時にアルコール分も減らしている。というのはアルコール自体にもカロリーがあるからで、酒はアルコール度数が高くなるほどカロリーも高くなる。アメリカのライト・ビールの度数が若干低めなのは、酔わないようにするのが目的ではなく、あくまでカロリーを下げるためなのだ。消費者はいつものビールでカロリーオフだけを求めているのだから、極端に度数が下がると文句が出る。だから度数は若干低め程度に抑えているのだろう。
といってもミラー・ライトの感想を見ると、水みたい、味が薄いという感想が多い。別の言い方をすればスッキリ、飲みやすいということだが、やはり味とカロリーの両立はどんな食品でも難しいようデス!

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