ハイボールがお好きでしょ
先日「コレクトコール」が三省堂国語辞典から削除されたという話を聞いた。調べてみると、実際に削除されたのは2021年の第八版からなので、実際は旧聞に属する話題だ。日本でコレクトコールのサービスが開始されたのは1980年代のはずだ。知人が友達にコレクトコールで電話したところ、拒否されたと怒っていたので妙に覚えている。彼は本当に電話代がなかったわけではなく、試しに使ってみただけらしいのだが。
僕は日本でサービスが始まる前から知っていた。といっても物知りだと自慢しているのではない。昔は海外ドラマを見ているとよく出てきたものだ。最初は「受信人払い」と言っていたが、後にそのまま「コレクトコール」で市民権を得たようだ。財布をなくして電話代がないとか、電話代にも事欠く人間が実家に無心するといった状況で出てきたように思う。一応説明しておくと、受信人が電話代を負担して行う通話のことだ。オペレーターを通じて申し込み、オペレーターが受信人に「〇〇さんよりコレクトコールですがお受けしますか?」と確認し、受信人が許可すると「ではおつなぎします」といって本人と替わる。
携帯電話全盛の今は、コレクトコールを利用する人は少ないのだろう。それに連れて言葉も国語辞典から削除された。いわゆる死語というやつである。死語と言えば、死語から復活した言葉に「ハイボール」がある。ハイボールが死語なんてと思う方は多いと思うが、ある時期は使われなかったのだ。
まず、ハイボールとはウイスキーをソーダで割ったもの。広義ではスピリッツやリキュールを炭酸飲料で割ったものを指す。だから焼酎(商品ではウォッカが多いが)を炭酸飲料で割ったものをチューハイと呼ぶが、これは「焼酎ハイボール」の略なのだ。
このチューハイという言葉で分かるように、昔はハイボールと呼ぶのが普通だった。少なくとも僕の親世代はハイボールと呼んでいた。僕が酒に親しみ出した頃はハイボールの人気に翳りが出ていた頃で、個人的に頼んだ覚えがないし、ハイボールと呼んでいた記憶がない。
さて、僕が字幕業界に入った1990年代前後、「ハイボール」を使おうとしたらダメだと言われた。当時の僕はまだ翻訳ではなくチェックをしていたのだが、英語ではwhisky and sodaと出てくるのがほとんどだったと思う。highballというのも立派な英語だが、見た記憶がない。そして字幕と言えば字数制限だから「ウイスキー・アンド・ソーダ」よりも短い「ハイボール」がいいに決まっている。そこで「ハイボールに」とチェックすると、今は死語だから「ウイスキー・アンド・ソーダ」と書くと言われたのだ。「ウイスキー・ソーダ」ではなく「アンド」が入っていた気がするが、定かではない――もしかしたら取っていたかも。それでも長いですよね。
それが気づくとハイボールになっていた。いつからかはっきりしないが、もしかしたら日本のハイボール・ブーム前後ではなかろうか。若者のウイスキー離れに危機感を抱いたサントリーが“ウイスキーがお好きでしょ”でウイスキー復活を目指し、さらに2009年に角ハイボール復活プロジェクトを仕掛ける。つまり2000年後半辺りから「ハイボール」という言葉も復活したのではないか。
何にせよ、短い言葉が復活したのは字幕屋にとってありがたいことである。ということで今年の東京の夏も暑い(といっても梅雨明けはまだなのだが)。今日はビールでなくハイボールといくかな。