石炭とトナカイ
12月はやはり季節ネタでクリスマスの話を書きたい。今年はクリスマス映画をやっていないので、古い話で恐縮だが昨年2023年に公開された「バイオレント・ナイト」を再び取り上げようと思う。第98回のコラムでも取り上げたのだが、紙数の関係で割愛した話があるのだ。
この作品は、豪邸に強盗グループが侵入するが、偶然居合わせたサンタクロースが家族を救うために奮闘するという物語。劇中、サンタが一家の少女に対して「悪い子(悪党)には石炭をケツに突っ込んでやる」と言いかける。しかし、相手が少女なので「石炭を突っ込んでやる。あいつらの…」と言葉を濁すと、少女が「ケツに」と続ける。サンタは「よい子は“ケツ”なんて言っちゃダメだ」と言って、その後ケツ/assを言い換えるのが笑いのポイントになっている場面だ。
これはshove it up your assというフレーズが元になっている。直訳すると「それをお前の尻に突っ込め」となるが、「クソ食らえ」「うるせえ」など、状況によって拒絶・攻撃などの意味になる。そのitを今回は具体的に石炭と言ったわけだ。まあまあ定番の卑語だから、おませな少女が知っていても不思議はない。
ただ、なぜ石炭が出てくるのか?これはヨーロッパでは、サンタが悪い子に石炭を贈るという言い伝えから来ている。厳密に言うとよい子にはサンタがお菓子を、悪い子にはサンタの同行者が石炭を置いていくのだ。この“サンタの同行者”というのが第98回で書いたクランプスだ。この“同行者”はスイスとその周辺の地域ではクランプスだが、場所が変わるとクネヒト・ループレヒト、ベルスニッケルなど名前や姿も少しずつ変わる。
置いていく物も小石や枝(悪い子の鞭打ち用)に変わったり、灰袋で叩くというのもある。アメリカでは石炭が定番のようだ。上のセリフはそれを踏まえているわけだ。
“同行者”と言えば、某テレビ番組を見ていたら、ドイツ人の夫婦(70代後半)がクリスマスの話をしていた。夫婦いわく、日本人はクリスマスを楽しいイベントと思っているが、我々の子供時代、クリスマスは怖かったと言っていた。理由はクランプスだ。その1年よい子でないと罰を受けるからだ。はっきりクランプスとは言っていなかったし、上記のようにドイツでも場所によって名前が変わる。ただ、サンタ(聖ニコラス)とその“同行者”のことなのは明らかだ。クランプスのナマハゲ的な行動については第98回も参照されたい。
もうひとつ、サンタのソリを引くトナカイについて。本編では最後にサンタがトナカイの名前を呼ぶが、アメリカではトナカイは8頭というのが定説だ。1823年にクレメント・クラーク・ムーアという神学者が書いた(作者については諸説あり)「聖ニコラスの訪問」という詩に8頭の名前が出てくる。本編で出てきたようにダッシャー、ダンサー、プランサー、ビクセン、コメット、キューピッド、ドナー(ドンダーという表記もあり)、ブリッツェンの8頭。ただし、同じ英語圏でもイギリスではあまり知られていないらしい。
さらに時は下り、1939年にシカゴで発表された児童書、そしてこれを元に1948年に作られたクリスマス曲が“赤鼻のトナカイ”である。原作/原曲ではルドルフという名前になっている。こちらの方が日本では有名だろう。原曲の歌詞では、上記の8頭よりも有名なトナカイがいるのだが…と話が始まる。だからルドルフを含むか含まないかで、トナカイは8頭または9頭となるのだ。
ちなみに「聖ニコラスの訪問」は、現在では「クリスマスのまえのばん」という題で知られ、絵本となって邦訳も出ている。原題は“Twas the Night Before Christmas”。Twasとはit wasの省略形だ。この題名って見覚えありません?ティム・バートンのアニメ「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」はこの絵本のタイトルをもじったものです。