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翻訳の現場から


2026.07.14

風間先生の翻訳コラム

コラム第139回:あなたがここにいてほしい

あなたがここにいてほしい


『オブセッション 災愛』
7月17日(金)より全国公開
© 2026 Focus Features LLC.

 間もなく公開の「オブセッション 災愛」は、願い事がかなうという古い玩具を手にした主人公が、片思いの相手が自分を好きになるよう願うという物語。願いはかなうが、続けて思わぬ出来事が……。2025年のトロント国際映画祭で話題となった時に、以上のような概要を読んですぐに連想したのは「猿の手」だった。実際、本作の全米公開が決まり、紹介の記事が出だすと、やはり「猿の手」に言及するものが散見された。“いわゆる「猿の手」ジャンル”といった書き方が多い。
 「猿の手」はイギリスの小説家W・W・ジェイコブスによる短編で、怪奇小説のアンソロジーを編むと必ず入る古典的名作だ。3つの願いがかなうという猿の手のミイラをもらった一家が、面白半分で大金が欲しいと願うと、という物語。僕は昔、創元推理文庫の「怪奇小説傑作集1」で読んだが、今は絶版だろうか。
 これはネタバレではないと思うので書くが、ホラーで願い事が出てきたら、かなえば代償を払わされると誰もが想像するはずだ。かなってハッピーエンドでは怖くないですからね。ホラーではないが、子供の頃に読んだドイツの民話にも「3つの願い」というのがあった。民話なので結末まで書くが、ある夫婦が魔法使いに願い事を3つだけかなえてやると言われる。妻は安易にソーセージが食べたいと1つめの願いを口にする。貴重な願いをバカなことに使われた夫は怒り“そんなソーセージ、お前の鼻にくっついてしまえ”と思わず怒鳴る。それを取り消すために、哀れな夫婦は最後の願いを使うしかなかったというお話。ドイツ民話と書いたが、設定が少し違うだけで似たような民話は各国にあるのだそうだ。
 恐らく「3つの願い」は欲をかくなという教訓話だと思うが、「猿の手」といったホラー・バージョンも根っこは同様で、安易に願い事をしてもろくな結末は待っていない、願い事には代償がつきもの、ということだ。その背景にはキリスト教の伝統があると思う。悪魔との契約というやつだ。悪魔は願い事をかなえてくれるが、代償としてその人の魂を奪うというそれは、多分に道徳的な戒めを含んでいると考えていいだろう。
 ここで少し異色の“願い事作品”を思い出した。星新一の「妖精」というショートショートだ。主人公の少女の元に妖精が現れ「どんな願いもかなえてあげる」と言う。喜ぶ主人公だが、願いには条件があった。どんな願いもかなうが、その倍の幸福がライバルにもたらされるのだ。彼女には同い年のライバルがいる。ライバルが自分より幸福になるのは許せない。さんざん考えた末に彼女は妖精にこう言う……。結末は伏せるが、この作品も戒めと取れないこともないが、それよりも人間の業を描いていると思う。やはり主人公に幸福は訪れない。
 「オブセッション」も教訓、戒めの面がないとは言わないが、願い事が大金やソーセージといった“物”ではなく、人間関係についてだ。とすると人間関係についての問題、特に主人公の人との接し方という問題があぶり出されてくる。ただし、これを論じ始めるとネタバレにつながるので、ここでは控えよう。皆さんが実際にご自分の目で確かめて考察していただきたい。いろいろ考察できるのはいい作品です。

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