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翻訳の現場から


2022.09.15

風間先生の翻訳コラム

コラム第93回:“渇き”と“乾き”

“渇き”と“乾き”


『渇きと偽り』
9月23日公開
©2020 The Dry Film Holdings Pty Ltd and Screen Australia

 間もなく公開の「渇きと偽り」はエリック・バナ主演のクライムサスペンス。同名の世界的ベストセラーの映画化で、日本では珍しいオーストラリア映画だ。ここで描かれるのはカンガルーとコアラの国、世界最大級のサンゴ礁の海ではない。昨年の森林火災で火傷したコアラの映像を目にした方も多いと思うが、1年近くも雨が降らない乾ききったオーストラリアの大地が舞台となっている。
 オーストラリア映画といえばオーストラリア英語だ。少しでもオーストラリア英語に親しんだ人ならGood day, mateというフレーズを話題にする。これはオーストラリア人定番の挨拶の文句。Good dayという挨拶自体は日中の挨拶として英語に存在するが、現在のイギリス、アメリカでは滅多に聞かない。だが、このフレーズを持ち出す人は、言い回しそのものよりも発音を話題にするはずだ。そう、オーストラリア人はこれを“グッダイ・マイ(ト)”と発音する。オーストラリア英語というと、強烈な訛りで有名なのだ。
 今回、丸々一本オーストラリア映画につき合ってみて、イギリス英語に似ていると思った。といっても正統的なクイーンズ・イングリッシュではなく、ロンドンの下町の労働者が喋る、いわゆるコックニーである。コックニーの発音の特徴として、二重母音の発音が異なることが挙げられる。これについてはミュージカル映画「マイ・フェア・レディ」の劇中歌“スペインの雨”が有名だろう。曲名でもあるThe rain in Spain stays mainly in the plain.というフレーズには「エイ」と発音する二重母音が5つ含まれているのだが、コックニーを話す主人公はライン、スパイン…と発音する。“エイ”が“アイ”に変わるというのは典型的なコックニーの発音だ。そしてこれは“グッダイ・マイ(ト)”と同じではないか。
実は、オーストラリア訛りはコックニーとアイルランド訛りにルーツがあるという。オーストラリアは大陸発見からイギリスの領有となると、まずは18世紀後半、流刑植民地として開発された。未開地を開墾するのに囚人なら無料で済む。しかも送り出してしまえばイギリス政府は囚人の管理や財政的な負担も必要ない。当時のイギリスは産業革命と囲い込み(エンクロージャーというやつですね)で貧民となった農民がロンドンに流入。人口の急増に伴って犯罪が増加していた。増え続ける囚人の処理として考え出されたのが流刑植民地である。実は当初はアメリカがそうだった。しかし独立戦争を経てアメリカは囚人の受け入れを拒否(代わりにアメリカが受け入れたのが黒人奴隷だった)、困ったイギリスが目をつけたのがオーストラリアだったのだ。
以下は私見になるが、ロンドンに流入した貧民の行き先を考えれば、下町と考えるのが自然だろう。犯罪が増えたのなら、囚人の多くは下町の人間、または下町に流れ込んだ人間と推測できる。だからオーストラリアに流された囚人の中にはコックニーを話す人間が多かったのではないか。
アイルランド訛りについては、オーストラリアの流刑地時代がイギリスのアイルランド占領期と重なる。だからイギリスへの反乱者を中心に、アイルランド人の囚人は多かったはずだ。実際、オーストラリアの流刑囚を調べた資料を見ると、圧倒的に窃盗犯などの軽罪が多かったらしく、政治犯はあまり多くなかったらしい。しかしその少数の政治犯はほとんどがアイルランド人だったという。
そのアイルランド訛りだが、代表的なのはi/アイとなる音をoi/オイと発音することだ。likeやrightやsideがライク、ライト、サイドではなくラォイク、ラォイト、スォイドとなる。慣れないとロイク、ロイト、ソイドに近く聞こえるかもしれない。
ということで、乾いた大地と日頃聞き慣れない英語でしばし新たな世界に浸ってみるのはいかが?原作は英国推理作家協会のゴールド・ダガー賞を受賞、ミステリーとしても一級品です。

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